{の民主的発展の阻害物としてのこれらの運動に喜びを感じている。国際的にも左翼の進出をチェックするためにさまざまの宗教運動やファシストの地下勢力を容認する考え方もあり得る。しかし日本においては過去の何時の時代においても、キリスト教が仏教その他の伝統的信仰をリードしたことはなかった。日本の伝統的信仰は信仰の形態そのものが封建的であって、イデオロギーとしては絶対主義やファシズムに直結するかたむきがある。
日本の人民生活は自主的な政治的訓練を経ていない。ヨーロッパの市民社会ではそれがはっきりした一つの政治的見解として自覚されるような判断も、これまでの日本の一般感情のなかでは何んとなし一種の信仰めいた感情としてきわめて原始的に感覚されてきた。日本における天皇制の問題がこれをよくあらわしている。天皇制の効用が国際的に注目されたゆえんもここにある。労働者、一般有識人、学生などの間には日本の民主化は、この生活感情のうちに植えこまれた封建的礼拝観念の克服が必要であることが自覚されてきている。礼拝の対象が天皇でなければ、どんな名を持ったものでも最高権力者と思われるものに膝をかがめる封建的卑屈がなくなることこそ民主化であることを考え始めている。
世界と日本に必要なのは、理性のあかるく常識に富んだ人間性ゆたかな近代的市民である。それにもかかわらず一部の人々が、封建的な頭脳の暗さの上に「情操教育」と称して宗教的要素を多分にそそぎ込もうとしていることは世界のどのような利害に対しても有益ではない。
4 科学
戦争中あらゆる日本の学術は戦争遂行のために動員された。学者の少くない数が戦争協力者として動員され、多くの研究室が閉鎖され、研究を放棄した学徒たちが前線に死んだ。日本の科学は戦争によって甚大な被害を受けた。
一九四五年八月以後、日本の科学を平和建設の学問として建て直すために努力が開始された。日本における新しい学術の再建は、学術分野における半封建的官僚統制を排除することなしには可能でない。殆どギルド的な学閥を打破しなくてはならない。各学問分野の間に横たわる封建的な割拠主義――セクショナリズムの癌がいやされなければならない。これらの原因となっている大学の講座制度、先生と弟子との間の徒弟制度的な研究室の制度などから学問は自由に解放されなければならない。
これらの弱点を改革しようとする学界からの希望と文部省が微温的に改革を遂行しようとする意図が合致して一九四六年吉田内閣当時に学術組織改組準備委員会がつくられた。日本の官学学術機関である帝国学士院、学術研究会議、日本学術振興会などの長老組織を改組する目的で一五名の委員が選ばれたが、学界一般の輿論を反映するものでなかったので一九四六年十二月この委員会は解散した。
一九四七年に入ってから民主的な学術研究組織を持つための運動が起り文部省科学教育局長の肝入りで「学術研究体制世話人会」がつくられた。世話人会は理、工、医、農、法、文、経の七部門からえらばれた四四人の世話人で組織されている。そして(一)新しい学術研究体制を確立する準備として全国的な審議会を組織する。日本の新しい綜合的学術研究体制の企画立案はすべてこの審議会で行う。(二)審議会の委員は研究者の中から民主的に選出する。
このプランに従って上述の七部門および綜合一部門を加えて八部門からそれぞれの関係する学界、協会を選挙母体として一〇八名の刷新委員が決定した。
一〇八名の刷新委員の分布をみると、あらゆる部分で東大が圧倒的多数を占めている。例えば法学部では東大教授一〇人に対して各大学研究所から僅か五人の委員が選出されているばかりである。工学部門も理学部門にも同じ現象があらわれている。世話人会は解散し、第一回学術体制刷新委員会が一九四七年八月首相官邸で開かれた。第二回総会では運営の方法、地方との連絡、体制に対する提案の処理などについて討議が始められた。
このようにして学術体制刷新委員会は発足した。しかしこの委員会が学術の民主化のためにどれだけ積極的な熱意を示すかということについては一般からするどい監視を受けている。何故ならばこの委員会も従来の学閥ギルドそのままの選挙母体から選出されているからである。経済部門ではいくらか具体的に民主化が行われて民主主義科学者協会から選出されている人もあるが、法学でも歴史、哲学の分野においても古い長老教授が重要な位地を占めている。民間の新しい有能な研究者、私学の優秀な学者などは無視されている。官僚統制風なこの長老的ギルド的委員会を内外の力によって民主的な本質におきかえてゆくことが重大な課題である。
この委員会が日本における学問研究の自由と思想の自由のために何処まで実力ある刷新を行うかということも注目されて
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