カのために、約四万五千学級が新設されなければならない。五一万人の生徒が二部教授または借教室で苦しんでいる。小学校では、一七万人の教師が足りない。そのために一人の教師は、二倍の働きを余儀なくされている。中学校では、七万人の教師が早速補充されなければならない。しかし貧弱という水準にまでも達していない教育予算の中から、教員の生活を保証するだけの俸給に引きあげることは、不可能である。六・三制は、一九四九年度において全く混乱におちいることが予想される。
 校舎不足のために地方では苦しまぎれに町村民に校舎増築費の寄附をさせているところが多い。その場合、地方のボスが多額の寄附をして、地方行政に対する自身の発言権を確保する実例が多い。そしておくれた地方の民主化が一層おくれさせられている。
 教師不足はアルバイトを求める男女学生のために一つの職場を提供している。けれども学生たちは、この職場に対して疑問を持っている。同時に、やや年をとった女教師から不安をもってみられている。若くて代用教員であって、しかも英語の教えられる学生教師は、学校当局がより安い俸給を支払ってよいことになる。年をとった女教師は、こういう学生教師によって失業する危険におかれている。
 これらの困難に加えて六・三制は全額国庫負担の義務教育として実行されていない。両親たちが子供の教育のために支払わなければならない金は、事実上六年間からさらに三年間を追加されたことになった。そのためインフレーションで苦しむ両親たちは労働基準法の網目をくぐって、六年を終了した子供が何んかの形で収入をもつことを希望している。この頃ブリキ屋、大工その他の職人が小さい弟子を連れて働いているのをよく見かける。小さい弟子たちの年齢は十三、四である。彼等は六・三制の三の部をブリキを叩いているのである。文部省は六・三制の三の部は、通信教授を受けることで完うしたものと認めるということを法文化そうとして一般の批判をうけた。少年労働が日本の繊維産業の基本的労働力である。すべての繊維工場へ行ってみればそこには十五、六の娘が圧倒的多数を占めている。何も知らない田舎の娘たちは花壇のある洋風まがいの寄宿舎にとじこめられて十一時間から十三時間の労働をしてきた。彼女たちの寄宿舎には「女学校」と称するものがあって普通の女学校へ行けない娘たちの渇望に答えるために裁縫、生花、ちょっとした講習会などを行っている。六・三制というものはこの多数の娘達にとって全くゆがめられた形で与えられている。
 一九四八年に入って六・三制の現実は再び予算問題に苦しんでいる。同時に新学期を控えて新制中学へ進む子供たちの内申書問題が重大化した。小学校から私立の新制中学へ進む子供たちのために、小学校からその中学へ向って内申書を提出するその内容が問題になった。義務教育の延長である中学入学に内申書は不必要である上に、問題の眼目は実際に等級をつけて査定していない子供達の成績をどう申告するかということと、両親たちの経済能力を申告するという点が重大な波紋をまきおこした。今日両親たちの経済能力というものは人口の八割五分までが千八百円ベースでしぼられている。収入の七〇%以上は非配給物資の購入費にあてられて育児教育費は労働者三・九%、職員三・九%である。現在帳面一冊十円する。僅か七〇円二銭の教育費で中等学校の月謝七〇――二五〇円さえ普通の手段で支払えないことは明瞭である。数学上成り立たぬ生計費でやりくりしているのが正直な親の現実である。もし内申書に親たちの経済能力を記入しなければならないとすれば、私立中学校の経営者を安心させその子供を入学させるのはすべてヤミ成金の特権者だけになるであろう。内申書問題が重大な波紋を画いた理由がここにある。二月下旬になって内申書に成績と両親の経済状態は記入しないでもよいという結論になってこの問題も落着した。しかし設備と教師のそろっている私立中等学校への入学志望者は殺到して、そのために情実入学の事実は昨今(一九四八年三月初旬)の新聞に具体的に報道されている。
 日本の中等学校入学難は中等学校の数の少いことと私立中等学校の質の悪かったことなどを原因として殆ど伝統的になっている。小さい子供たちの中等学校入学試験があまりむずかしく競争が激しいので、その緩和策として内申の制度が出来たのが数年前であった。ところが内申制は競争試験よりも教師と両親と子供たちを腐敗させた。子供たちは先生の気に入るか入らないかということについて神経を働らかせるようになった。親たちは子供の内申書をよい条件で書いて貰おうとして学年のあらたまるごとに先生への心づかいを出来る限り物質的に表現した。ついさき頃の新聞でさえ内申書問題にからんで教員の投書をのせていた。それには日頃乏しい生活をしている教師が
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