゚に起った異常な購買力がこれらの書籍を消化したのであったが、四七年夏千八百円ベース決定以後購買力は著しく低下した。一九四八年に入ってはますます悪化する経済事情とともに書籍の消費量は減り、出版社の淘汰と書籍の淘汰とが起っている。
 現在日本がおかれている国際的・国内的事情の厳粛さを思う人は日本の書籍出版において文芸ものが第一位を占めていることについて関心をひかれている。文芸ものも、すでに一定の読者を獲得している大家の作品集や戦災で紙型の焼けなかったドストエフスキイやジイド、ツルゲーネフなどの翻訳が重版されていることに注目される。さもなければ戦後の社会的疾病としてあらわれたエロティシズムの作品などが多くの部数を発行されている。書籍出版のこのような不健全な状態は識者の間に問題となっていたが、一九四七年毎日新聞社主催で出版向上のための出版文化賞の選定がされた。一九四七年度毎日文化賞として左の書籍の著者及び出版社が受賞した。

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 受賞図書     著者       出版元[#「受賞図書」「著者」「出版元」はゴシック体]
入会の研究     戒能通孝     日本評論社
近代欧洲経済史序説 大塚久雄     日本評論社
懺悔道としての哲学 田辺元      岩波書店
気胸と成形     宮本忍      真善美社
           (ゴム弾性)
          久保亮五
           (液体理論)
物理学集書     戸田盛和     河出書房
  (既刊三冊)   (真空管の物理)
          小島昌治
風知草       宮本百合子    文芸春秋新社
播州平野      宮本百合子    河出書房
細雪        谷崎潤一郎    中央公論社
大和絵史論     小林太市郎    全国書房
自叙伝       河上肇      世界評論社
みんなも科学を   緒方富雄     朝日新聞社
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 教科書の不足は重大な問題である。国定教科書から上る利益は無責任な単行本出版から上る利益よりも遙かに低い。用紙と印刷工程の値上りと文部省の教科書関係の官吏がそれとなく期待している利益の率を合算すると教科書出版は儲けが少い。この事実のために日本の子供たちは新しい六・三制のもとで一九四七年の春には到る所で教科書なしの目にあった。教科書を必要なだけ出版することは日本の出版界に課せられた義務である。
 著作権擁護の動きが目立った。幾つかの雑誌で原稿改作訂正、無断掲載、偽作等の事件があって、著作家組合(一九四六年十月発足)に提訴された。一九四七年八月には夏目漱石の遺族が漱石の全著作に対する商標権の登録申請を行って出版のみならず文化分野全体にショックを与えた。著者の死後二五年で遺族の版権所有が消滅するので夏目家は彼等をこれまで養ってきたその権利を新しい形で確保しつづけようとした。これらを機会として国会文化委員会では出版文化に関する小委員会を設け著作権法および出版権法の審議をはじめた。
 翻訳権 日本政府は戦時中情報局、外務省その他の役所が先頭に立ってナチズム、ファシズム宣伝のために国際的な翻訳権の協定を無視した翻訳出版を行った。同時に民間にも正式手続を経ない翻訳の悪風があった。音楽に関する翻訳権問題は数年前の「プラーゲ旋風」の時に一応の国際基準がたてられた筈であった。一九四六年、日米間にあった翻訳自由の条約無効が言い渡されてから、まだ日本は各国との間に翻訳権の原則的とりきめが行われていない。現在は著作権が既に消滅している著者のもの、および原著者から翻訳発行の許可があってGHQの民間情報教育局がそれを承認したものに限られている。この事情はたださえ長年の封鎖状態におかれた日本の文化と民主化のために重大な遺憾事である。日本の真面目な学者、専門家および文化人は、日本と各国間の翻訳権問題が一日も早く原則的解決をみることを待望している。

      ※[#ローマ数字2、1−13−22] 教育 国字・国語 宗教 科学

        1 教育

 日本の教育問題はきわめて重要な数個の課題をもっている。第一は根強くはびこっている絶対主義的軍国主義教育を根底から払拭すること。第二に保守的反民主的教育精神の伝統を打ちやぶること。第三には封建的な教育思想を打破するとともにポツダム宣言に明示されている通り人民的な民主主義による民族自立の精神を養成して世界的な規模で平和建設に参与しうる次の世代を育てることなどである。第一の軍国主義教育の払拭のためには一九四五年十月二十二日連合軍総司令部から教育の民主化に関する指令が発表された。その内容は大体次の通りである。教育内容の訂正、軍事教練の絶対的廃止。軍国主義的
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