「わたしは知っている」という題で。わたしは知っている、その箱は出来のわるいみにくいものだけれども裡には一かたまりの純金。無垢なる黄金、よろこびの源。世故にたけた年よりは、きっとわざとその箱をこしらえておくのだろう。余り無垢なるものが、時より早く歳月に消耗されてしまわないように、と。無垢なる黄金が、小銭に鋳られてあっちに、こっちに、散ばってしまわないように、と。生き古りて来た年より、人類の、思慮ふかい吝嗇さ、いじわるさ。それらを、わたしは知っている。こういう詩の断片もあるのよ。明日は月曜日ですが森長さんの返事をもって参ります。

 三月二十三日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 三月二十二日夜
 今、十時十五分前です。そして珍らしい状況で、この手紙をかいて居ります、鷺の宮なの。そこまではきょう申しあげていたから平凡ですが、ここへ来て二十分もしないうちにわたし一人留守番をすることになって細君とまあちゃんが出かけ、七時頃帰るのが、まだ戻りません、ひどい風ね、ここの廊下に立ってガラス戸越しに見ると、南東の方が濛々と茶色にけむって居りました。そっちが市内なのね、日の出あたりの埃の
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