乍らここの家もいつまで無事か分らず。さてさてと思って居ります。いずれにせよ、船のいらない疎開先でなくては困ります、船はタヌキの舟でなくても沈むのよ、ユリは酔うのよ、空気は性にごく合っていても、袋に入れて吸入用にならないし、クラウゼさんの云い草ではないが、長い補給路ほど辛いのですからね。半年後に日本の旅行は全く異った相を呈するでしょう。汽車は去年の種から生えないのが不便です。電車にしてもね。人間の足幅だけで、地べたを刻んでゆく旅行が再出現したとき、どのような「奥の細道」が創られるでしょう。「十六日夜日記」が出来るでしょう。ブランカの足が刻める距離ということも冗談でない或時期の考慮にのぼって参ります。条件がいかにも複雑ね、そして反面には残酷に単純です、ふっとばされなければ、という仮定について考えてみれば、ね。この二つの面を縫って、何が先ず大切か、という判断だけが正しく進退せしめるというわけでしょう。手がかじかみます、本当にさむいのね。

 二月二十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 二月十八日
 きょうの静かさ、陽の暖かさ、身にしみるばかりです。一昨日は、相当でしたね、ヨ
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