ぼんやり見えて居ります。団子坂のすぐ角まで、左側――そちらの方の側は、表からひとかわで止りましたが。林さんという医者の低い煉瓦の門が四角くのこっていて、そこに瀬戸ものの表札がわれもせずきれいにのこって居りました。面白いものね。そういう風にしゃんときれいに表札がのこっていたりすると焼けてもその人の命はつつがないという晴々した感じでした。このお医者はこちらの古馴染でわたしも世話になり、日頃電話局の前だからあぶないものだと云っていましたから気にして居りました、見舞ったら一家無事で何よりでした。
 十二時頃帰ったら昨日はこちらもお見舞の人が多く、国は三十一日までという所得税の申告書きでねばっていて、到頭わたしは手紙もかけず。ですから今日はうれしいのよ。
「指頭花」が氷結したような工合になって居ります。しかし、氷花の中につつまれて、咲いている不思議な可愛い花の姿は又格別の眺めです。忙しくて、びっくりして、火がボーボーで、でもちらりちらりと燦く霜柱の宮のなかに、ちんまりと暖かそうに、浄らかにおさまっている花を髣髴して、いい心持です。詩の御披露までに氷はとけませんけれど。
 二十五日のお手紙に、氷の
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