、却って、わたしの、ほかの誰にも示すことのない混乱や卑屈さとなるのでしょう。心理のこんぐらかりというのは、変な思わぬ結果を生じるものであると思います、わたしは心理的[#「心理的」に傍点]に生活することはさけている人間だのに、ね。そんな心理にひっかかる丈、つまりわたしは十分自身として強固でないといえます。書いて、分析して見ればこういうことと自分にも分りますが、はっとして赤面するときの気持は愧しいばかりです。妻がそんなに赤面するのを見るのは夫としてさぞ面映いことでしょう御免なさい。
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[自注10]日の出――巣鴨拘置所附近の日の出町。
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四月十八日 (消印)〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
四月九日
きょうの雨は、しずかで春らしくていい心持です。わたしのすきな雨のふりぶりです。珍しい珍しいことがあるのよ、久しぶりに本当に落付いた気になれて、自分の部屋をこしらえました、寿にてつだって貰って。
病気してから目がわるくて、光線の工合が実にむずかしくなりました。これまで、二階の奥のひろい室に机を置いて居りましたが、廊下がふかいので光が不足している上、だだ広くて、ちっとも落付かず食堂でばかり暮しました。コタツがある故もあって。冬の中は、ね。
ところが、この節のうちの暮しは、雑多な人々が出入りして、食堂で食事いたします。小机一つひかえていても、室の空気というか、床《ゆか》というか、人々の気配で揉まれていて、そこにいることは疲れます。
暖くなって来たし、光線の工合もいいので、同じ二階ながら、北向きの長四帖に机と椅子と紫檀の飾棚だけをもちこんで、きょうは部屋つくりいたしました。
この、よく働いた大テーブルに向って物を書くのは、もう三四年ぶりです、十六年の十二月九日以来よ。病気あがりの時は体の力がとぼしくて、こんな大きい机にとりつく元気がなかったし、去年の四月以来は、家政婦暮しで寸暇なく、やっとこの頃すこし自分のひまが出来はじめ、体も丈夫さが増して来て、この机がうれしくなつかしくなって来たわけです。
この頃は、実に早寝です、十時までには床につきます。そのためか、よほど疲れが直り、又いくらか平穏なので、大助り。この北の小部屋は、短い手すりのついた(あなたが、夏、長椅子代りになさったような)はり出しがついていていきなり外が眺められます。腰かけて勉強するには、こういう工合が室の方がいいこころもちです。青い小さい柿の芽、紅い楓の芽、古びたタンク、そして垣根越しに隣りの庭の柔かい楓の芽立ち、乙女椿、常盤樹が見え、雨戸のしまった大きい家の一部が見えます。
こうして自分の巣をこしらえられて(それ丈の人手があって)何とうれしいでしょう。去年の四月から、相当の辛棒いたしましたが、その甲斐があり、落付く一刻が千金です、島田へ行く切符が買えるか買えないか、判るまでたっぷりこの室の愉しさをたんのうしようといたします、右手のしまった襖をあけて入っていらっしゃったら、きっと、なかなかいいじゃないか、と仰云るでしょう、この室は砂壁でね、もう古いもんだから糊がぼけて、一寸さわってもザラザラ落ちるのよ、其がいやだけれども今度は智慧を出して、机椅子のほかには何ももちこまず、正面の壁が寂しいからそこへ飾棚をおいて、美しい古壺を一つ飾ってあります、すぐ傍で自然はきわめて動的ですから室内は全く静かでよく調和いたします。
一年ばかり大ガタガタで暮し、外へ出れば傷だらけなのでこんなに落付いた味が恋しくなったのね。すてられて、雨戸を閉されている雨の庭を見下して、小さいこの室が活々と音のない活動に充ちているのは面白い光景ね、生活というものの云うに云えない趣です。
島田から、きょうお手紙が来ました。みんなで待っていて下さいますって。ありがたいと思います。冨美子が上島田へつとめるようになって、島田へ来ていますって。あの子がいれば、随分うれしいわ。いい子です、そしてもう立派な大人で、さぞいい話し対手でしょう。ゆっくりいろ、と云って下さいます。移動申告をして来るように、とのことです。あっちもそうなったのね。しかし今こちらはすぐ移動出来かねるのよ、国男が移動して(先月末)米の精算の関係からわたしの米の配給が月初めオミットになりました。(先渡しがいつもあるのを、こういう機会に精算するから、一人きりのこされる人は、えらい目に会うの)菅谷の方へくいこんで暮しているの。ですから、せめて二十日ぐらいはこちらへ米を返さなくてはわるいから、行くとき移動はもって行けないわ、そのことを申して又手紙あげましょう。
どうしてもしなくてはならない外出が、月一度となったらば、わたしは何年ぶりかで、満足するほど家居し、畑の世話をして、勉強して暮そうと
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