す。そして、ルイスがジャーナリストとしての弱点に煩わされながらも、科学精神追求を主題としている点は、確に展望的です。文学の或る段階では、そういう主題にこころを誘われる作家が生れる程度に文学は前進しているが、そういう前進的テーマに着眼する作家の敏捷さがジャーナリスティックな迅さと相通じ、それが同時に強味で又弱点であるという興味ある現象を示すものと見えます。面白いことね、日本ではまだ科学に到着して居らず、せいぜい名人気質どまりね。横光の発明家みたいに、風格[#「風格」に傍点]愛玩で。この間、鷺の宮で書いた手紙にも出た話と思いますけれど、川端康成の作品など、或る意味で清澄でもあり純一でありますが、何とそのテーマ、芸術の世界全体が主情的でしょう。感情のかげりひなたにとどまって、人間性格というところ迄も切りこんでいないのはおどろかれます。浅薄ではありません、末梢なのね。冬の日向に鮮やかな楓の梢の繊細なつよさの美しさめいたものがあり、植物性ねえ。ほかの同時代人のあれこれの作には、そのような楓の梢の細かい趣、そこにこめられている生命感さえないのですが。康成が一流作家であると考えられるのは、少くとも命をひそめたる楓の梢であるからでしょうが。しかし、日本の文学が、科学精神追求のテーマをジャーナリスティックにでも、文学的にでも、哲学的にでもなく、科学者生活の勇気にみちた現実に立って描ける日を待ち侘びます。わたしが自身の興味をそういうテーマにもっているから猶更ね。一歩踏み出た文学の形態は、小説という過去の枠もあふれ散文の美しさの各面を活かし(評論的にも)しかも一貫した人生に響きわたっているようなものでしょうと思います。科学精神追求のテーマも面白いが、又「米」というような主題を、多角的に描けたら(そのことで即ち科学的に)実に素敵よ。日本の作家として、ね。わたしが小説でこころに描いている二つの仕事の一つは、科学的労働の人とその研究テーマとの人間的いきさつ、結核研究者が書いてみたいの。こういう時代の困難をもしのぎつつある、ね。研究所にガスが出なくなって薪で指をくすぶらせつつサッカリンを作り、それで必要な実験器具を手に入れたりしつつ努力している人物を。それが描けたら、米のような主題の扱いそのもので新しい線を描き得るような作品を。こういう小さからぬ希望のためには、本当に丈夫で、暮し上手でなければな
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