たと伺ったからもしかすると、着かないのは余り珍しいなかみで、わたしのところへ来る筈のとは一寸様子がちがう、というわけではないのかしら。(勿論これはふざけ)
昨夜はちょくちょく起きましたが、大スピードで八時に床につきましたから第一回のまでに五時間ばかり眠っていて、あと途切れ途切れでもどうやら、きょうはよく働きました。けさ早く衣料疎開五十キロ五ヶというのを発送しに男が来ます。五時に起きてつらかったけれ共七時すこし過にモンペの紐を結び乍ら二階から下りて来たら、なかの口がパッと開いて朝日がさし込んで、そこを「お早うございます」といい乍ら、その男が這っているの。笑ってしまった。玄関のタタキに荷作りした菰包みがおいてございます。それを中から錠をあけなくてはならないから。
この男は小柄で黒いリスのような眼をしたヒシの実のような形の顔をした男で実に重宝男です。元来は煙突掃除だったのが生来の器用が時勢につれて「世に出て」(その男の表現)今では主として、荷物の世話をして「金に不自由はしなくなりました」荷作り、リアカーの運搬、いかけ、大工の真似、出来ないのはドロの方と植木屋の由。生きたものと、他人のものとには手が出ない由です。器用らしく小さい男で、いいとっさまで、昨今の苦労は、いくらかたまる金をどうしてもちのいいものに代えるか、という問題です。家作も買ったそうですが、これには自信もないのよ、やければ其っきりだから。なかなか面白い話しかたで、八日に荷作しながら「お宅の旦那さまは、いい方ですが、どうして印ばんてんなんか召すんです?」というの。成程ねえ。わたしは台所で洗いものをし乍ら「動きいいんだとさ。あの人は美術学校なんか出ていて、昔あすこの生徒は豚にのって学校へ行ったっていう位だから、印バンテンなんかちょいと着たいんだろう。」「そう云えば絵をかく方なんか、みんなちょいと風が変っていますね。わたしの知っているおとくいの旦那で、社長さんなんですが、うちへ帰ると、きっと酒屋のしめる前かけね、あつしの、あれをかけるんです。旦那又酒屋さんですかっていうと、ああ、これをしめたら暖くてやめられないよ、という話でしてね」そこでわたしが又云うの「下町のひとは、着るもののしきたりなんか堅いけれども、山の手のものは平気だね、めちゃめちゃで」「マァそうですな、かまいませんね」つまり馬崎というその男は、ひどい風
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