うな順序で行くわけだから、先ずわたしがせめて一遍あなたにもお目にかかり、改めて寿は寿のこととして人に世話も頼んだ方がよいということになり、青森まで船にのる迄が大変だからそこまで送ってくれて、七八時間青森にいて水煙も立たないようなら其で安心して一旦かえり出直すと、いうことに決着いたしました。
わたしとして、それは寿がどこかに来ているというのはどんなに心丈夫かしれません。そして、あの鼻ぱしのつよいいつもわたしが大事として考えることを、どうにかなると軽くあしらって来た寿が、ここで一つ考えを変える丈、様々の思いを人知れずして来たかと思うといじらしくなります。わたしは沁々思うのよ。人間は人にも云えない、というような苦労はするものじゃないわ、それは余り人間をよくしません。人間の苦労や困難は、筋さえ通っていれば、其がよしんば沈黙のうちに堅忍されていようとも天下公然のことで一つも、人に云えないことではなく、云わない丈のことです。戸塚の母さんを見てどんなに強くそう思うかしれません。芸術家は、人間中の人間なのだから、苦労は最も人間らしい苦労を公然とやるべきで、其の生活そのものは作品です。作品を半分丈かくしておけるものでないと同様にその生活も、人目にかくすところがあろうわけはありません、失敗だって何をかくす必要があるでしょう、もし当然な心の動きに立ったのなら。動機が純一ならば。ねえ。寿が、北海道へ行って暮そうと決心したことで、これまでのいらざる頭のよさ、先くぐり(すべて俗っぽさ)をすてて、あの人の本性にある粘りつよい質朴な、芸術を生むまでに到らなくても理解するこころ丈を正面に出すようになったら一寸見ものと思われます。あの人は誰からも、わたしより「大人っぽい」と思われます、それは悲しむべき点よ。寿に云わせれば、「末世に生れた」からだそうですが。そういう肯定のモメントを見出すのもバカニハデキヌことでしょう、そしてそれがあの人のマイナスだったのですが。
九族救わる、という言葉のあるのを御存じ? 坊さんの言葉よ。一人出家するとその功徳によって九族が済度されるということがあります。
善良なるものの影響ということを深く考えます。父の場合にしても一つの例です。その善さは、卑俗になりかかる心に一つの善さを呼びさまし、終にその生涯を美くしくあらしめましたし、寿の場合にしろ、やはりこれが成功すれば彼女
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