。
そう思えば、云った人自身、その言葉の心理に、ほんとに泣ける位のものだと思います。
でも、泣きながら、ということを寧ろあるよい感じやすさのように自分から評価して云っているようでした。わたしは、自分のこころが一箇の杏か何かであって、荒々しい指で、ピッピッと、皮をむかれるように、苦痛でした。しかし其を其ままに云うような友情はもう存在していないのねえ。友情というものが経験する最も深い苦痛の一つを経験したと思います。静《シヅカ》が、昔を今になすよしもがなと朗詠したのは、現実がいかに、きびしいものであるかという事実への歎息ね。
或る人に対して、寛大になり遂に、内的な要求を敢てしなくなるということは人間の絶望の一方の形ね。ある見限りをしたとき、その人に対してわたしたちの心は何と平静でしょう、よしんば苦痛一杯でも、怒りはないのね。それは寂しいこころもちね、生きている間は、真に生きていたいと、どんなに、思うでしょう、わたし共、平凡な力量のものは、全く傷つかずに、生きとおす無垢な強さをもち得ないにしろ傷痕を償う立派さはどうしても身につけなければなりません。下らぬ、あくせくと苦労で自分をひっかいては勿体ないわ、でもねえ、惜しいわ。本当に惜しいわ。悧巧さなんて、其丈では何と頼りないものでしょう。
七月二十九日
太郎の勉強がやっとすんで、この机は又わたし一人になりました。今は「柳の衣桁」にとりかかって居ります。アナトール・フランスの鋭い洞察は、いつも手ぎれいな機智めいた表現をとるために、その意義の重さをそのままに示さないと思ったりし乍ら、しかし、眼は折々南側にくっきり浮び出て来た山並を眺め、心の底では物思いにしずんで居ります。きのう書いた手紙はまだ机の上にありますが、この封筒がそちらに届くのはいつかしら、と先ず思います。わたしたちの間の玄関や通路は又昨夜いたずら鼠にちらかされました。今朝はわたしは経験者ですから、音響で、そら落すよと叱呼したのに国ポケント突立っていて煽りでヨタついたのよ。
あなたの御旅行は困難なうちにもいい折に当りました。わたしが其を知ったのは二十六七日頃で十日足らずのうちに大体まとめてここまでは来たのに、夕立雲にかち合ってしまって。来月五日頃に切符を入手する予定で居ります。ああ、神よ、その海渡さえ給えよ。
きょうは夏らしい日光になって、芝庭や松が芳しい匂い
前へ
次へ
全126ページ中88ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング