つ一つと何か見えなくなって行くような可能もあり、実は一番そこを気にして居りました。だから自分の腕で働き、小僧さんから叩き上げ、人物を見こまれて肴町の春木屋という鳥やの娘をもらっているその男の方が、小堅くていいでしょう。細君が来ましてね、厚みのあるきもちのいい人よ。ざっくばらんに何でも話してあっさりやろうということにし、そのひとは良人のために好きなものをこしらえて食べさせたいだろうから台所はその人がして、わたし掃除ということにしました。うれしいわ。少くともこれ迄よりよほど楽になります。この夏時分はひどうございましたもの。日比谷から帰ると六時、それから台所をして夕飯八時でした。
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「ボンボンの歌」について。歳月の風雪に耐えるとあり、本当に詩の力は不思議と思うの。詩は風化作用を受けないものと見えるのね、それが本ものでさえあれば。うたの力が人間をして風雪に耐えしめる、とさえ思われるでしょう? ところが、そのような古びない魅力を創ったのは、外ならぬ人間なのだと思うと、その人間の大切さ。いかばかりでしょう。お約束の指頭花も御披露いたしましょうね、幾度自分でお読みになったものにしろ、愛誦歌であればあるほど、読ませて聴く趣も深いでしょう。読まれる一つの節は、こころのうちにあるもう一つの節を、次から次へと呼びさまして、ね。
東海道線は、公用軍用鉄道のようで、なかなか普通で切符は買えません。何とか考えましょう。あちらへ行ったらちょいとでは帰れないかもしれないわ。だって、あっちなら、夜も、すっかり寝間着に換
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