で暮しているから時々妙にこわがるという結果です。それはわたしのような気質のものが、自分で無理なやりかたをしているとき(ひとまかせで結構、という人間が足りない腕で自分で万事思案してやるから)生じる哀れな滑稽です。滑稽で終らない結果もおこすから、わたしとしてはそういう自分の未鍛錬の部分も自分にゆるしているわけではありませんけれども。でも、あなたもよくおくりかえしになることね。わたしがおどろいて笑うと、きっとあなたは、だって其はブランカがそれ丈くりかえすということだよ、とおっしゃるでしょうね。
 わたしに百万遍しわん棒と云っても、私はニコついているだけよ。しかし、ブランカは自分の人生をすっかり入れこにした心で暮しているのに、そんな風に思える時があるというのは、よほど、やりかたに下手な未熟なところがあるのだね、と云われれば、其は全く一言もないわ。きっとあなたに私のそういう弱点はいくらかにくらしいのね、どうもそうのようよ。あなたのおどろくべきところは、ものの批評が深く鋭くのっぴきならなくあるにしろ、辛辣な味というものの無いところです。その立派さでひとは説得されます。わたしは、自分よりよほど立ちまさった天賦としてそれを見て居ります。魯迅が細君にやっている手紙の中で、女のひとが、辛辣以上に出る例は稀有だ、と。わたしの修業の一つに其が項目となって居ります。むき出された鋭さ、鋭さをつつみかねる人間的器量の小ささの克服。もしブランカ的素質[#「素質」に「習癖(?)」の注記]のために、折角のあなたが、家庭的な細部から辛辣さを滲ませるというような癖になったら其こそ一大事です。わたしとして慚死に価しますから。ことしは一度もそういう苦情はお云わせしまいと思うのよ、確かにわるくないでしょう。わたしをその点で御立腹なさらないで下さい。そして何となくにくらしいみたいに思わないで、ね。
 ことしは思いがけず「春のある冬」の続篇が刊行されました。ごく簡素な装釘です。でも、内容の美しさはひとしおよ。近刊の続篇は「松の露」という、実に清楚な、而も情尽きざる作品です。
 文集には「珊瑚」というのもあります。めずらしいうたですから、月半ば以後におくりものといたしましょう。きょうはさむい日なのよ、雪がふったら面白いのに。では四日に。

 一月九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 一月九日
 なか
前へ 次へ
全179ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング