り感じたりしたのかもしれないけれども、あのうるさい無趣味さに平気になるだけでも、そこの住人はよほど魯鈍ならざるを得なかったと感じさせます。こういう様式を宮殿として見て来ているブルノー・タウトなんかが、日本へ来て桂離宮などをよい趣味とこころだけが語られている――その前には何でももって来られる空間――として驚異するのは当然であると思いました。タウトは多くの「日本の知己」に洩れず、古典のうちに丈日本があると云っていて、今日を真面目に生きている日本人を苦笑せしめます。
演習の終ったのが八時すぎ。それから又床に入りおひる迄。疲れて風邪のようにズクズクです。しかし、やはりやってみるもので、靴のしゃんとしたのがない不便さや、その反対に、お古レインコートの上っぱりが至極実際的なことや、いろいろ学びます。
環境がいろいろと変るなかで――環境そのものが、理想的だというようなことはあり得ないのですから――私がいつも自分の線を失わないようにと心づけて下さることは、ありがたいと思います。モロアの本について云っていらっしゃる最後の一行は、深い意味をもって居ります。全く人の一生と一巻の本とは最後に到って真価の歴
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