傍観そのものが文学の敗退を語っているようなものになるのだと思いました。
谷崎の方は、根が単純な官能に立っているから、年をとるとあくが抜けざるを得なく、あくがぬけたあとにのこるのは常識で、念仏っぽくなるという仕儀です。
日本の近代文学におけるデカダンスというものもこれまでの評論は、どこまでつきつめているでしょう、肉体に対してだって谷崎なんかつまりキレイなものをキレイとして見ているので、ストリンドベリーの肉体の描写の美しい動物らしさは一つもないと思われます。私はバネのゆるいおぼれかたはきらいよ、ね。
きょうは午後じゅう書いてしまったのよ。
もう暗くなって来ました。階下に干しておいたあなたの袷、誰かいれてくれたかしら。さあ見て来なくては。そして夜はその袷のとも衿をとりかえるのよ、御覧になったら下手で、きっとすぐわかるでしょう。きょう、ふとんやに坐布団縫いのこときかせました、ひきうけるかしら。
この紙はペンの先を案外に早く悪くいたします、そしてかきにくいのよ。この頃の手紙の字はきれいでありません。気ががさがさしているというのではなくて、画をちゃんとひっかけて、きっちりかくとしみて、ス
前へ
次へ
全440ページ中337ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング