金も達者にためたベーコンが、ね。(だからシェクスピアはベーコンなりというような女学者も出たのでしょう)大体イギリスはバレーには冷淡だったのですって。シェクスピアのような人物は生まなかった由。フランスは歴代何かバレーのためにはやっていて、ルイ十四世は国民バレー研究所を立て、自分で二十六のバレーの主役を演じたそうです。音楽舞踊アカデミー設立が一六六一年で「人間悟性論」のロック(英)の愛人が、当時大人気者のサレーだったのだって。(こんな話はゴシップ的? そうでもないでしょう、ロックの時代の気風として、又イギリスがしかつめらしい皮をつけ乍らなかなか油断のならない通人をもっている証拠で面白いと思うの)
ミラノのスカラ座では一八四八年頃、オーストリア(ナポレオンからイタリーを奪った)とイタリー連邦との間の危機をしずめるため特別舞踊を上演して、大人気のエルスラー嬢が主役だったが、エルスラーはオーストリア人なのでその時命令された法王のメダルを頸からかけて踊ることを拒絶して、舞台の上で卒倒する迄イタリーの全観客にヒッスを浴せられたそうです。何十年か後の北部イタリーの夏も終ろうとするとき、スカラにトスカ
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