大きくなって段々ものがわかって来てうれしいよ」と云ったの。そしてね「人間はしっかりとたのもしい者にならなくては駄目だよ」と云ったら、「たのもしいって何」ときくの。私たち十ぐらいのとき、たのもしさを直感していなかったでしょうか。私は何となしわかっていたような気がするのだけれど。それからわかりやすく説明しました。やがて皆が揃い御飯をたべ、お湯をのむ段になって、太郎が私の茶わんとって「これで呑んでいい?」というのよ。自分のもなかったが、ここにも一種の心持があります。「いい」。そんなことで、もうケロリと忘れてしまったかもしれないが、それから太郎は何となく私に対して変ったの。一歩深く歩みよって、真直私のわきに立つ感じなのです。面白いでしょう? 私はうちの誰ともいい加減な気持で接触してはいないけれど、太郎のことはうれしいのよ。やはり子供はいいと思うの。うけとりかたが真直です。寿は、この頃何だか索漠としたところが出来て、人生がわかったような調子で、何か話しても多くの場合、あなたはあなた、というききかたをして吸収力が大変なくなり、それは私を悲しく思わせているのですが、私の心が、そうやって木の肌をすべり
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