そういう町の落付かなさを思います。裏と云っても、もとからあった裏道ね、あれよりもっと家へよったところに出来るということでした。きっとそうでしょう、トラック用道路です。島田の家も住居はもう少し山よりの方へ奥へ小ぢんまりと引こめて、こちらは仕事用の必要部分だけにして、お母さんや子供や女連は住宅の方に暮せるようにしたらいいでしょうね。通りの建物は利用する方法がどっさりありますでしょう。達治さんの健康のためにもいいのでしょうが。このことは少し考えてあげて、その方がいいとお思いになったらお話しになったらどうでしょう。軍用トラック道路と徳山、光町の線路とにはさまれているのは、静かな日々ではないのだから。きっと家賃としてもかなりのものでしょうし、お売りになって小さいのを立てれば案外やりくれるかもしれないし。蔵だって今は使用せず単独に貸していらっしゃる位だから。裏へ道が出来たのではお母さんもお考えでしょう、あいにく私たちが大キューキューで何とも出来ないのは残念ね。
お送りした草履は、かなり奮発で、今としてはいいものでしたからうれしいと思って居ります。輝ちゃんに絵本送ったのよ。
今日『防空』到着しました。『ギオン』が一緒のようにかかれていて消され一冊だけでした、私はまだ迚もああいうのはよめないの。寿江子がよんで教えてくれるそうです。それにしても朝日の『衛生学』まだ本屋から来ないので又きき合わせて居ります。スタインベックの「月落ちぬ」Moon is down という小説が英語で持っている人があってやがてかります。活字が大きかったらいいのだけれど。お送りして見ましょうね、文章の新らしい単純さをぜひ原文でみたいと思っていました。外国語では題に自由に動詞をつかえるから面白いものね、Moon is down にしても作者の感覚は本当にただ月が落ちた、という時刻とか光景とかのものでしょうが、生活とくっついた表現にすぎないのが日本語で月が沈んだでは何とも題になりかねます。この頃の月は夜の九時頃もう西にまわっていて早く沈みます。それを眺めて一種の風情を感じているのでなおはっきり文学的表現をくらべる気持にもなります。宵に落ちる月の風情などはせわしい心のときは気をとられないものね。きょうはこれから久しぶりで風呂に入ります。警戒警報が解かれほっとしました。では又ね。
五月十六日 〔巣鴨拘置所の顕治
前へ
次へ
全220ページ中48ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング