ガラスの破片だけで子供の一人や二人は結構片附くから危いことのないうちに処分しようと言っています。もう暫らくすると自分で書けるようになるから、そしたらこの三つのお手紙にたまっている家事的な御返事を致しましょう。かなり細かく知っていただきたいこともありますから。平ったく押してくる火事で、こげはしないが天から直通ではどこへ飛ぶかわからないから、百合子飛散の後でも現実の用事だけは残りますからね。島田行きのこと、私も行きたいけれども秋以後のことと考えて置いた方がよさそうでまだ充分丈夫でないことの他もっと理由がありますが、それは何《いず》れ手紙で書きます。わけはお母さんにも申せばすぐおわかりで私の考えに御賛成下さることです。
三月十三日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書 書留)〕
十三日
十二日づけのお手紙をありがとう。
体の工合は大分ましになりました。まだ疲れがのこっているけれども。床はしいてありますが、夕飯などは下へ行って皆とたべて居ります。この間一寸歩いたというようなことは直接さわってはいず、寧ろ、この間うちから、何しろ未曾有の春ですから、あれこれと頭をひねって心労もしたりしたのが幾分こたえたのでしょう。何しろあんまり馴れていないことですから。それこれも順調にはかどったから安心で、もうのんきになれます。自分だけのことで、あせったりはしないのよ、何を早くどうしようなどという点では御心配無用です。
きょうは、一寸代筆では困ることだけ、こんならんぼうな手さぐり字で申上げます。
あちらへ行くことは御親切もわかり、いいこともわかりますが、私としては空からの不安のなくなった(大体)季節でないと困ります。そのわけは、徳山、光は全く特殊な性質の都市ですから、そういうことになれば直ちに戒厳状態に入ります。今でさえも半分はそうで、親の御機嫌伺いにゆくのにもう次の日はオートバイで室積からわざわざ来てスケジュールをきいて何日にどこへ行くかという次第です。達ちゃんの御祝儀で何とかいう町の料亭へ行ったときは、制服のひとが敬意を表するために来てくれて、別室へあがって面会をしなければなりませんでした。何時にどのバスでどこへ誰と行ったということ迄一々で大した名士なのよ。だから私はいつも全くうんざりです。土地の風で女が昼間散歩するということはないからとお母さんも気をおつかいになるから
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