なんてどこからもうまれません。だから、わたしは、おっしゃるとおり意久地なしだけれど、良薬が良薬であることはどうにも否定出来ないのよ。ポロリ、ポロリと涙だしながらも、其那薬なんか御免と云いかねて、のむのよ。マアいじらしいみたいなものね。その様子を見て、あなたも思わず口元がほころびるという次第なのでしょう。
『英国史』はいつかよんで見ましょう、あいたらかして下さるかしら。
 きのうはあれから、裏の電車で神保町行きのあるのを思い出し、六法、早い方がいいと思って、初めて神田へ行きました。びっくりしてしまった、本やが変ったのには。東京堂は、ぐるりの本棚ね、あすこへよりつけないように台を並べてしまって台の上には、謂わば先方の売りたいものを並べておくという工合になって居ります。棚が遠いから私の眼では題もよめないの。六法は、ここでも冨山房でも三省堂でも神保町の方の角でももう売切れです。困ったと思います、これからは森長さんが買うとき二部買ってでもおいて貰うのね、ああいう人には専門の本やがあるのでしょうから。買いつけの本やへきいて見ましょう、丸山町のところのもとの本やは、もう出入りしないのよ、会社へ何かへまとめてゆくのですって。人手がないからと云って。もう目白にいた時分から。予約ものを中途半端にしたりしてすこしけしからぬことになりました。そこで、アメリカ発達史の下巻を見つけました。下がいきなりでは仕方がないことね、上を見つけましょう、お送りするのは其からね。
 須田町辺のこみかたは全くひどく蜒々長蛇の列です。もとのように自動車でもいたら人死にですね、すっかりへこたれて、本買いも大したことになったとおどろきました。
 来週は月水金とあがります。今年の迅さは、無常迅速的でした。ほんのいくらか丈夫になりほんのいくらかものを学び、しかもその間にあなたは生き死にの病気をなさり、何と多事でとぶような一年でしたろう。森長さんの電話しました。この手紙しまいをせいてしまっているのよ、いま手伝いが只一人でおかみさん外出、晩のおかずをこしらえなくてはいけないの、では明後日。

 十二月十八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 十二月十八日
 きょうは静かなおだやかな午後です。島田へお送りするものもすんだし、そちらの宿題も大体さし当りは足りましたし、メタボリンは来たし、久々でゆっくりした気持で
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