スに対する復讐的虚無心にもえた弟たち妹たちの愚行と次第につのるナポレオンの好戦慾、勝利そのものへの乱酔が、遂に悪行となって没落したと、二つに分けているのは尤もと思います。長くなってしまったことね。ではお大事に。明後日はお目にかかります。
九月四日 (封筒なし)
九月四日
きのうは何と大きい気持よい夕立だったでしょう。降りそうな雲の様子ではありましたが、あんなに堂々とふって。柔かい弾力ある雨粒が沛然と地面をうち、それは私の全身につたわり、その音や景色を眺めるうちに、段々気が遠くなってゆくようでした。つよい雨のリズムが脊髄に真直映って。私は何とも云えず快く疲れて、けさは何時間眠ったとお思いになって? 又無慮十三時間よ。
知っている女の人が満州へ行くのでおせんべつの買いものに出かけなければならないのだけれども、何となしぽーとして坐っているの。八十六度ありますが、風は、さすが夕立の後で、というより二百十日のあとらしく秋の気勢です。
きのうは小さい子供がどっさりいて、かたまって遊んでいるのを待つ間見ていました。子供が自分の親愛なものを何でも手を出してつかまえ口へもってゆくの面白いことね。うちの健坊もそうです。手と一緒に顔が出て行くのよ。口をとがらして。手につかまると同時に口へ入れるの。そして満足そうにして色ざしのいい口でしゃぶります。人間の自然な表現というものは何と素朴で、生きものらしくて肉体的でしょうね。好きというこころや可愛い思いなどというものは、本当に活々としたもので、それは心の動きそのまま行動で、子供たちやその子供を可愛がる母親なんか、一つ一つをみんな肉体的なものに表現しているのに感服します。土台そういうものなのよ、ね。
火曜日は、前日に五ヵ月ぶりで用事が一段落し、それも初め考えて居たよりすらりとまとまったので、やっとのんびりした気分で、それをあなたにもおつたえしたい心持でした。ところが、それどころか、あの日は、まるで水浅黄の丸い雲の塊《かたまり》が寝台の横へおりたと思うと、エノケンの孫悟空の舞台の五色雲のつくりもの[#「つくりもの」に傍点]ではないが、忽ちスルスルと糸にひっぱられて消えてしまったというような工合でした。
今までの本なんか、そのままでいい風です。文学の仕事だけをする分にはさしつかえもないことになるようです。でもこれは事情が錯綜している
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