なやかにリズムをたたえて花脈を浮き立たせています。蒼空のゆるやかなカーヴを花柱の反《そ》りがうつしているようです。濃い紅玉と紫水晶のとけ合わされたような花の色どりは立派で、ぐるりに配合された白いこまかな蝶々のような同じ蘭科の花々の真中に珠と燦いて居ります。渋いやさしい眠りに誘うような香気がその高貴な花冠から放散されます。風も光も熱もその花のいのちにおのれのいのちを吸いよせられたかのように、あたりにそよふく風もありません。あるのは香気と光りとばかり。ああわが園の扉は開くかと見え。たゆたう瞬間の思いをうたっているのです。
詩は、断章です。小説ではないからその白い夏の午後のひとが、遂にその園に入り、その光の上に面を伏せ、自分のいのちの新しさと花のいのちのためによろこび泣いたかどうかということは描かれて居りません。詩をつくった人も、それは時にゆだねて描写しなかったのかもしれません。
作家とテーマのような作品をつくった詩人に、こういう隠微なたゆたいの詩があるというのも興ふかいことです。わたしはこの詩の味いを好みますが、ひどく気に入っていることは、それがきっとあるままのことなのでしょうが、詩人がその蘭の花の美しさを描くに全く気品たかくて、燦然ときらめく花冠を光のうちに解放しているだけで、ありふれた蝶や蜜蜂をそのまわりに描いていないことです。古い美味な葡萄酒のように花の姿はかっちりと充実し、舌の上に転ばす味の変化をふくみ、雄勁です。花への傾倒は感傷するには余りゆたかという風趣なのです。その味いも決してゆるんだ芸術品には見出せません。健全な大きい陶酔が花をめぐって流れ動いていて、それは自然そのままの堂々とした横溢です。
雨あがりの午後の光線は、この詩の中のとけた金色に似て樹の葉の上に散って居ります。私は自分のゆるやかながらつよめられている鼓動を感じます。
伸々と横になっていらっしゃるあなたの手脚に、こんな一篇の詩の物語はどんな諧調をつたえるでしょう、それは気持のよい掌のようであればいいと思うの。
八月二十九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
八月二十九日
きょうは、はじめて午後の二階が八十六度足らずです。庭で、ホラホラ鬼《オニ》(蚊のかえりかけ)とボーフラ、グロッキーになった! と太郎と咲枝の声がしています。防火用の大きい大きい桶の水が青桐の下に出来
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