でしょうが、どっちかというと一色の糸をたぐって立体的筆致でないところあり、『インディーラへの手紙』の生彩を欠いたようなところもあります。作家と歴史家との相異、ネールは歴史家の素質によりゆたかということになるかもしれません。執筆の年代は、世界史のすぐあとですね、一九三四―五ですから、前の方は三一―三三です。彼の大部な著作はみんな一定の生活条件のもとであり、これもそうでした。書けたのです。割合スピードを出してよんで、お送りしようと思って居りますが、いかがでしょう。
 隆治さんのことは心にかかります。稲子さんにしろいいときかえったので、なかなかかえれない由です。どうしているでしょうね、たよりのないのは、当然というようなわけらしいし。益※[#二の字点、1−2−22]そうのようです。どうしていても無事ならば、と願います。自分の力で収拾のつかない事態に対して、冷静で、過度の責任感に負けたりしないようにとどんなに願うでしょう。小心の変じた勇気は痛ましいものですから。それよりは豪胆であることを願って居ります。本当に丈夫で、持ち越すように。
 昨今なかなか面白いこともあって、はげちょろけの浴衣でフーフー云いながら爽快なところもあり。今のような時に自分の借金を左右に見てその間をかけずりまわってばかり暮している人は気の毒だと思います。地球は廻って居り、星は空にきらめき、朝日は東に美しく出ます。
 二週間経ってからと云えば、八月も半分すぎます。その頃又出かけて見ます。スラスラとつくのか、たまるのかよく分らないけれど、わたしの心持とすると、云わば、大して納涼にならない団扇の風でも送ってあげようというようなわけでハガキなどちょいちょい書きましょう。いい絵はがきもないこと。てっちゃんが、この三ヵ月ほどつとめていたところをやめることになりました。先生というものは弟子が好きなのね。はッ、はッという。そんなこんなのいきさつでしょう。学者というより仕事師の下ではつづきますまい。あのひとも世間も知って来て、仕事師というような人間の型がはっきり分って来たから、無駄はありません。
『女性と文学』という本貰いましたから一寸お目にかけましょう。引出しの一つ一つに目先のちょっとちがった小布《コギレ》がつまっていて、ひょっと目をひかれるような気の利いた、柄の面白いようなスフではないものが入っている、しかし小布であり、
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