やその他の学問はまるで飴のように扱う人々の手でひねくられてしまいますが、科学には少くとも基本の原則は厳存して、それをごまかしてはうそもつけないという面白いところがありますから。

 七月二十六日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(光琳筆「群鶴図屏風」の絵はがき)〕

 文学と科学についてなかなか面白いたくさんの問題がありますね。文学は、その人の感受性、表現力の特質からだけ云われて来ているけれども、実はよほど大きくつよい精神の力が入用であり、強固な人でなければ文学の伝統をその身を貫いて守ることは出来ないときがあります。科学はそれほど創造的熱量のたっぷりしない者でも個人としてのうそを少量につくだけで過せる時があったりして。同じ凡庸人なら科学の方が罪があさいと申すわけ也。

 七月二十八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(江の島名勝 稚児ヶ淵の写真絵はがき)〕

 一寸涼しい風が吹くようでもあるでしょう? もののつり合いは面白いものですね、小さく人がいるので涼味も深まって見えます。
 きょうは私が発病して一週年めです。一週忌と称して居ります、トマトをたべます。そちらでトマトありましょうか。去年のトマトの今夕の味を思いおこします。そこまではわかっていたのよ。あったかいトマトでした。

 七月三十一日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 これが、タイプライター用紙です、かなりのものでしょう? 今そこいらに書簡箋というものはありません。
 さて、きのうは一寸気がもめました。八月一日は日曜日だし、二日はさしつかえるし、三日は疲れていてあやしいし、というわけできのう汗をふきふき出かけましたら、お目にかかれず残念でした。けれども、事情がわかり御自分の病気でおありにならないなら、これも世間のおつき合いで致しかたがあるまいと思いました。本当にあなたはお丈夫なのでしょう?
 そう云えばこの前私が出かけてから十日経ちましたが、お手紙頂かなかったことね。あなたの御都合とだけ考えて居りましたが、そうでもなかったかもしれないのね。
 それにつけても、これはどうでしょう、着くかしら。それともやはり二週間は禁足でしょうか。随分御退屈つづきに暮させたから、これからは少し、と思っていたところへ、早速又二週間ほどちっ居でお気の毒さまです。やはり今年の流行病のひどさですね。どうぞ、どうぞお
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