、自分たちの精神生活の評価が行われにくい環境で勉強をつづけてゆくことは苦痛となるでしょう。女がものを書く、それで生活している、それなら分るようなものだけれど、それで食えもしなくて、働きもしない(やはり机に向っている)ということは、普通の生活の中ではなかなか感情がすらりと来ないものなのよ。ですから、女のものをかくということには大したむずかしさ、生活の感覚からしめつけて来るむずかしさがあって、食えるだけに書けないと女はすぐそんな位なら洗濯一つもした方が、子守りして台所した方がうちのために役に立つということになるのです。女の生活というものは百人が百人そこで立っているのだから。
 ですから、個人個人の親切心や思いやりやをありがたく思ってもそれよりつよい習俗の力が時間を重ねるにつれ、日常生活の上には重い力を振うようになるのが常です。その実例は、多くの生活波瀾を経た婦人たちが、安穏に食えそうな故郷をみなはなれて、東京で埃っぽい生活ながら自分の生活を営んでゆくことをとっているのでもわかります。私は幸東京に生れた家があるのだから、その点はより便宜に円滑に処して行かれるでしょうと考えます。其故どうかその点御安心下さい。自分で本が買えないときにはいい本を買う友達のいるところというのも大した価値があるのだし、勉強によっては図書館も大切だし。私は大体これ迄島田にいる間は限られた時なのですから、仕事は殆どしないで暮したし、勉強らしいこともしなかったし、ですから私の本当の暮しぶりはどなたも御存じなく、調和的な面白いきさくなもの知りなユリ子はんに過ぎないのよ。そして、ちょいと強情らしい、ね、私が困ったらとお思い下さるとき、すぐ島田と結びつくのは本当に自然だと思いますけれど、私にすると、女としての自分をよく知っているから、環境的に或は習俗的に息苦しく恐怖するのです。妙なものね、でもこれは本能的につよいものであり、女に附随した一つの保護的警戒力みたいなもので、そのことにも生活習俗や文化の分裂が反映されているわけです、つまり婦人委員会というものが必要だった所以ね。それに、私はよく思ってほほ笑まれて来るのだけれど、あなたは御自分の心のスケールであちらをお考えになりやすいのね、私を包括していて下さるスケールと深さが大変ゆったりと大きいから、私はブランカで、全くかさばらないものなのだけれど、普通の心や精神の
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