としての大きさ、それから更に拡大した自分としての「私」の無さ、それは漱石が「明暗」の時代にリアリズムに足を取られて「無私」と云ったものとは全く違って、なかなか面白いものです。ヘミングウェイが彼流の道を通って好き嫌いなしに、どんなことにでもぶつかれて、その時の理性の判断に従って行動して行く行動性のなかにも、せまい個人からぬけ出る一つの道が示されています。現代のゴタゴタをくぐりながら、意志と、はっきりした強い頭とで一つの道を徐々に切開いて行く強い人間のタイプが彼で、興味があります。
ひどいスピードにたえる現代人の神経や、酒を飲んでも正気を失わない頭の強さや、パンチの強さまでこの作家のなかでは一つの方向にまとまって神経質なのが作家だというようなけちくさいマンネリズムがふっとんでいるだけ気持がよい。感受性の鋭さや、清潔さは、中学生くさいモラリゼーションより確なもので、後者に永久に止る見本は島木健作です。
この紙は行が大きくて打撃ね。スエ子さんが怒るけれど細い行のを見付けてくれないくせに。ひどいわね。布団襟に付ける布、お送りします。小包を開けた時、ああ代りが要るな、と思ったのよ。
どてらの巾がせまくて着にくくはないでしょうか。今年の春は私の生きかえったお祝いに御秘蔵の紺大島を着ましょうね。足袋はまだそちらに有るでしょうか。
私は風邪をひきません。そちらもくれぐれお大事に。
一月二十八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 ミレー筆「編物をする女」の絵はがき)〕
二十五日のお手紙有難う。
二十六日に寿江子さんと御返事を書き始めたのに今日もまだ未完成という始末。それほど長いのではなく、代筆係りがつかまらないというわけよ。一、教材社へは手紙出しました。二、たちばなのチェホフはありました。三、高山書院の本は二冊ともあって各一円五十銭、四、平凡社のもあって一円八十銭、五、毎日年鑑は附録はどうだったか覚えていません、朝日には附録がついているから同様ではないでしょうか、六、衛生学はまだ調べがつきません、七、足袋は製作にとりかかります、八、カロッサは三笠と河出から出してるらしいけど本がなくてうちにはバラバラに四冊あるだけです。「幼年時代」は何しろゴーリキイやトルストイがあるからお手柔らかに思われますが。
一月二十九日 (消印)〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代
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