いますから。目白もそうよ。

 六月十日 (消印)〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 六月八日
 六月二日と四日のお手紙をありがとう。細かく、そして私の病気の状況をよく思いやって考えて下さり、本当にありがとう。どんな養生にも技術上の点があってそれに習熟しなければ、やはり十分よく病気を直したと云えないことはわかります。そして、病人が、自分を甘やかしたり医者に甘やかされたりすると、決していい癒りかたをしないことは世上の例ですから、私として、あなたのつけて下さる点が、単純に辛すぎるということはないのよ。一つ一つ異った病気をしているときは、それぞれに一番いい養生法を発見しなければならず、それには、前のときの自分の病人ぶりを研究してそこから学ぶしかないのだし、前とのちがいを見出しもしなければならないのだから、そのための助力として、自分よりももっとひどい病気ととりくんでいる人の忠言は大事です。どうもありがとう。変に意気込むようなことはないから、御安心下さい。たかをくくってもしまいませんし。この眼のダラダラした癒りかたが、万事を語って居ますから。失敗しないということは何もしないということだ、という言葉は鼓舞的ですが、逆は真ならずだから、まさかに、失敗したということは、何かしたことだとは云えないわね。大笑いね。
 二日のお手紙二日おいて五日につき四日のはきのう着いたのですが、すこし御返事がおくれたについては、満更わるくもないニュースがあるの。
 文芸協会から――今の文学報国会――自選作品集を出します、いろんな人が一篇ずつ小説を出して。私は「今朝の雪」というのをのせます。『婦人朝日』に「雪の後」という題でかいたものです。やっと綴じ込みをかりて来て、うつしてもらって相当手を入れ、厚みのついた作品となり、短篇としては満足です。この間の手紙で、ぐみ頭[#「ぐみ頭」に傍点]につきいくらか歎息をおきかせしましたけれども、こういう思いがけない仕事で、現在の力でどんな風に仕事出来るかわかったし、小説をかいてゆく心持も柔かく重くなっていて決してわるくないし、うれしいのよ。この間一寸お目にかけたかしら、松屋のザラザラでうすくてペンがつかえないような原稿紙。あれに鉛筆で一行おきに写してもらってそれをなおしたのですが、悪いことばかりはないものなのね、松屋のあのひどい原稿紙だと鉛筆でかけるのよ
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