という話です。
この間の手紙に入れたコスモスの花はどうしましたろう。御覧になりましたか? 秋の花らしかったから入れたのだけれど。今日はたっぷり書いて少しまくまくですから、ではこれでさようなら、ね。
十月二十七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 福沢一郎筆「海(三)[#「(三)」は縦中横]」の絵はがき)〕
手紙に書きもらしましたから一寸。多賀ちゃんから先程手紙で、病気は何でもなく保健所でレントゲン透視をしてもらったら、どこにも異状なしでしたそうです。柳井の組合病院でもレントゲン写真を撮ったところ、これまで病気したあともなくて大変きれいだと言われたそうで大喜びして居ります。肺尖という診たてはあやまりだそうです。本当にされないように喜んでいるし、私達も如何にも気が軽くなって嬉しゅう御座いますね。
十月三十一日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 封書)〕
十月三十一日
もう十一月とは何という早さでしょう。去年の十二月から今日まで、殆んど眼と鼻の間なのにもう今年が終るとは。誰でも今年はひどく早い一年だったと思うでしょうね。私にはブランクの時がはさまっているから、早さも特別に感じられます。
二十九日附のお手紙、三十一日午後頂きました。
今頃はもう後の手紙も御覧でしょう。
夏蒲団は昨日どてらを届けた時持ち帰りました。毛布、下ばきも届きました。毛布はもう洗濯に出しましたが、恐らく一ヵ月以上かかりますからどうぞそのおつもりで。下ばきは惜しいことをしましたね。あんないい薄い毛のものは、全くどこにもないものです。それが虫喰いだらけで丸でイルミネーションみたいに日光をすかすのを眺めると、さすがの私も「まあ、きれいね!」というより先に「あらアー」と情けない声を出しました。しかしとても捨てることは出来ないから、何れ一つ一つをつくろいましょうが、人に頼めるものでもなし、まあ来年のお楽しみね。あれを一つ一つつくろったのが届いたら、それは完全に豚妻の眼がよくなった証拠といえましょう。
用事帳云々のくだりは特に二人で眺めて合称[#「合称」に傍点]しました。その帳面のこちらの名は「ジゴクノテチョウ」と赤鉛筆で書いてあって、特に赤いリボンがつけてあります。アラームの意味です。忘れるとベルでも鳴ればもっと調法でしょう。(そしたらペンさん曰く、私の三角の袋の中でビーィンなんて言ったら厭だなあ)目録のこと取計います。訳註の本のこともして置きます。この御注文は嬉しいと思います。
栗林さんの支払いは受取りがあって、こちらで少し余分に払ったものだから、お釣りを切手で寄越してくれました。
富雄さんへの本は新書を三四冊みつけます。新しいのは中々手に入りませんから、手許にあるのを。大抵『アラビアのロレンス』『今日の戦争』『北極飛行』『阿部一族』『高瀬舟』等。
お友達への本代のことは心にかけていますが、そちらからのも手をつけずにとってあって、反って厭だということなので、子供さんのものや何かを送ろうと思います。暮までに金額にしてどの位のものが送られているか知らして頂けたら、子供へ上げるものもそれで見当がついて便利ではないでしょうか。
スタンダールは、すっかり読み返してみようとしていたのに病気になってしまいました。たしかに相当の作家です。「ナポレオン伝」などをみても、それを書いた動機がやはり一つの気力で、ナポレオンの没落後、パリの社交界人が、ナポレオンとさえ言わず、ムッシュウボナパルトと言って、極く卑俗な自分達のぬくもった利害の見地からばかり批評しているのをみて、ナポレオンの歴史的な価値を再認識しようとしたものでした。けれども「パルムの僧院」で、スタンダールは一人の人間は事件の局所しか目撃出来ないという現象にとらわれて、そこに文学の写実の意味をおく一種の間違いをおかした通り、ナポレオンについても彼が帝位につくに至った勢いについての評価は決して紙背に徹してはいません。
掛蒲団は「暖かそう」とあるのでホッとしました。随分四角いでしょう! でも赤いボタンは可愛いでしょう! どうぞあんまり蹴破らないで下さい。どてらが送れたので思いがけない人が胸をなで下しています。国男さんがこの間内、暖かいどてらを着ていて、それをみると私がそばへ寄って、なでてみて「あったかそうね」というものだから、気味を悪がったり気の毒がったりで閉口していました。これから寒い晩があってももう大丈夫です。国男さんは安心してどてらをきられます、なでられないから。
今日ペンさんが、三井洋画コレクションにあるラファエリー作の「大通り」というクレパスのようなこの人の発明したもので描いた絵の写真をくれました。色がない写真だけれど、いかにも田舎の町の大通り、パリへ続く郊外の大通りの落葉し
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