いのよ。銅がないから。お寒くはないでしょうね。
十一月十八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 榎戸庄衛筆「秋果豊収」の絵はがき)〕
この絵は光線ばかりにとらわれている作品だそうです。ギタギタですって。こうやってみると人間の危っかしい描き方ばかりが眼について、女の人などひざを一寸押すと、それきりガクリとゆれそうね。本当の動きの為に全身の筋肉を緊張させて爪先だっている女の弓なりの体などは本当に美しいのに。こんなアトリエのうそでごまかして。ブリュウゲルの写真版のいいのがあってペンさんが貸してくれ、台紙に入れて今日出来上りました。この画家の健全な面が発揮された絵で収穫の図です。色彩も非常に新鮮です。お目にかけられないのがざんねん。
十一月十八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 封書)〕
十一月十八日
あなたの方がうちよりも風邪については早手まわしでいらっしゃいましたね。こちらは今日あたり繁昌です。私は三日目で、昨夜湯たんぽを二つあてて寝たら今日は大変によくなり、国男さんは青い総毛だった顔をして、どてらを着込んでいます。私の風邪は簡単なもので、もう大丈夫ですから御安心下さい。
ヘッセの『イリース』等を出している本屋の名が芸[#「芸」に白丸傍点]文書院と読めたのですが、それで当っているでしょうか。一番最後の行の良い芸術と書かれている字と照し合せてそう判断したのですが。本屋のところがおわかりでしょうか。教えて頂けますか? 出来たらばどうぞ。
『現代ドイツ短篇集』は手許に来ました。いつでもお送り出来ます。(このところで何故か[#「何故か」に傍点]ペンさん、莞爾としました)きたならしいニッコリね、にくまれ口だけは御自筆。書いて字をみたら大笑いをしてしまった。だってきたならしいと書きながら、その字といったら! ペンさん曰く、「全体こんな字ばかりだったらどんなでしょう!」と。多分あなたは肩がこっておしまいになるわね。あっちへよろよろ、こっちへよろよろで。
南江堂へ聞いてみたところ、目録はドイツ語の医書と科学書の原書のみで、訳註本のはやはり出していないのだそうです。
ウワバミ元気のこと[自注4]については、一同に朗読して聞かせたところ、御難という程でもなかったとのことです。あなたのトンビは、今考えれば本当に惜しいけれど、壺井さんが帰った時、勤めに行くのに着るものがなくて、あまり困ったのであげて、今でも大事に着ています。私達の通知状を世話やいてくれたし、そんなこんなでまわしたのですが、黙ってそんなことをしていけなかったかしら。夏服も同じ人に使せました。冬服は私のいない時に(九年のはじめ)だまされて誰かにとられてしまいました。四谷に国男さん達が住んでいた頃。こういう風に書いてみると、何んにもなくしたようで厭な気持ね。でも緊急になくて困っていた人があって、いくらでも買えたあの頃の私達の気持では、蔵っておいて虫に喰われるよりは、と思ってのことですからどうぞ悪しからず。
赤ん坊の名前はまだきまりません。セカンドジョンの話しを聞かせたら誰れも知りませんでした。私は勿論よ。中々しゃれたことを御存じね。お説のとおりですから国男さんが照という字を嫌っているし、また考えなおしてみましょう。
広島へはすぐ葉書出しました。お母さんはもう行っていらっしゃることでしょう。私にもあのあたりの町の景色がみえるようです。歴史が無限のエネルギーを持っているということは、人間の究極の希望と信頼の土台で、それ故に人は自分の一生というものの価値を外見上の一生の現れ以上のところへおいて考えることが出来るのですが、「多少の感慨」は時に中々痛切です。人は同時代人の種々相を感情の小さい面に反射させ易いものですね。
文芸欄のある新聞は『都』だけだったので、またとろうとしたら『国民』と合併になって、『東京新聞』という名になっていました。内幸町の新しい船のような白い『都』の建物は中身がどうなっているでしょう。それでも細かく一頁を使って、いくらか特色をとどめているから可愛ゆいと思います。十何年来買ったことのなかった色々の月刊雑誌も寄贈をやめましたから、このことも様子が違います。さて買うとなると、この頃の内容広告は一円が惜しいようなものでね。しかし悪い米も食べてみなければ、悪さも良さもわからないというところもあります。
気がついてみたら、そちらからのお手紙はもう三四通前からすっかり自分で読んでいるわ。ですからどうぞどうぞ面白い手紙を下さい。この字は不思議と読めるただ一つの字なのだから。子供の時あなたも「面白いお話しを聞かせてよ」とおっしゃったでしょう。そういう人はいつもきまっていたでしょう。子供だって、きらいなやつに面白いお話しをせがむような鈍感な間違いはし
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