た時節の明るさ、冬のやわらかい陽の明るさ、が雰囲気によく出ていて、傍に插した山茶花《さざんか》の花とよく似合います。この次もう一枚出来たらお送りします。山茶花といえば大抵ほんのり花びらが赤いものですが、真白い山茶花が咲いていた小さい庭を覚えていらっしゃるでしょうか。
 パリといえば緑郎から昨日八ヵ月かかって手紙が来ました。フランス語でない切手がはられて、二つのセンサーを通って。結婚の話が要件で、あちらで知った日本の娘さんで声楽を勉強している人、カネボウの重役とかの娘で、小さい写真が入っていますが、ちっ共悪くパッとしたとこのない、やっぱりどてらの苦労もしそうな人で、皆いい点をつけました。娘さんの方では、何かの便利でもっと早く親へ手紙を書いていて、お母さんが咲枝に会いに見えました。声楽と言ってもJ学園から始め留学させられていたので、本当の芸術家ではなくてそれは体の形にも現われています。あすこは金持の少し才能のある娘を親ぐるみでおだてて、あっちこっちへ留学させ、とどのつまりは学校のスターを作る流儀だから、始めはそれで行って苦労している内に、幾分かそのわくからはみ出たのでしょう。緑郎も三十で相当に色々見聞して、ああいう地味らしい娘さんをみつけたのならまあ安心というところでしょう。十月二十八日が咲枝さんの出産予定日でしたが、本人の予感では、十一月三日の夜らしいそうです、アナオソロシ。赤ん坊は男の子らしいそうです。母親が赤いものばかり欲しがる時には男の子だそうで、咲枝さんの蒲団と枕の赤さといったら少くとも私は微熱を発する程度ですから、多分すごい男の子なのでしょう。名はまだわかりません。女の子は桃子が可愛い名だけれども、字面が悪いので二の足をふんでいます。そうしてみると私の名はいい名ね。
 冨山房の本は、随分さがしているけれどもまだみつかりません。外交史の下巻はどうしたかしら? 聞いてみましょう。訳は一刻を争うから雑なものが多いのですね。うけ負仕事のようにやるから。いずれ送って頂いて私も読んでもらいましょう。十月一杯は一冊も本読まず、縫直しさわぎで暮れましたから。今月からは少し落着いて本が読んでもらえるだろうと嬉しゅう御座います。

 十一月三日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 封書)〕

 十一月三日
 三十一日附のお手紙今日(三日)頂きました。
 薬のことごめんなさ
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