情です。昔の人はそこで短冊を出しかけたのだけれど、家では中耳炎になった泰子の泣声がひびいて、看病にヘバリ果てた身重のあーちゃんが次の間で横になっている次第です。人手が極端にないから、こういう突発のことは総動員になってしまいます。泰子は大して悪いのではないから御安心下さい。私だけが家中で泰子を抱かないただ一人の人間です。眼のことは来る十七日の夜、二人のお医者様が落ち合って、先ず乱視の度を調べたり、他の障害があるかどうかを調べたりして下さる予定になって居ります。私は大分用心して、本を読んでもらうことも手紙を口述することも止めて、一週間程過し熟睡するようになりました。マッサージもきいているようです。残暑の長さと凌ぎ難さがしみじみですが、お障りないでしょうか。私がおしゃべりをするとお思いになって、そちらも手紙を下さらないのかしら。歩けるのは(外出)余程先のことだから、どうぞお手紙下さい。薬は色々のがいるものです。友子さんから手紙で九月中には隆治さんが帰る由です。無事に島田の家の土間に立つ姿を考えると涙が浮ぶようですね。お母さんのお喜びどんなでしょう。会いに行けませんから残念です。あの人の胸の中にたたまれている感想の数々についても推察致します。

 九月十六日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 封書)〕

 十六日
 土曜、日曜がはさまったので十一日附のお手紙昨日午後頂きました。昨日の雨は季節の境目のようで、今日は本当に秋らしい日になりましたが、私はいかにも気がきでない一日を送りました。だって私の紺がすりは戸棚に入っているけれど、あなたのお召しになるのがどこにも見付からないという訳で、しかもそちらにあるのかどうかもわからず、ともかく袷羽織とメリヤスの合ズボン下と、銘仙紺がすりを小包にしてどうやら夕飯を食べました。何しろ冬のジャケツを八月の下旬に私とこの字を書く人とで、やっとクリーニングに出した始末ですから。ポカンとしている時間が体にどんなに大切かということは、この頃身に沁みて感じて居り、そちらでお着になるものを順序よく手入すること位が楽しみの程度に周囲が整理されていたらどんなに心持がいいでしょう。眼の検査がすんで風呂にも入れ、もう少し歩けたら、万難を排して国府津へ行き、この冬を過したいと一日千秋の思いです。寿江子が勉強を始めたらピアノの音とレコードとオルガンとで、ああ
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