ら一安心です。然し創造的な仕事は体力が消耗されるので、それと戦うのがこの頃の食物では一仕事で、しかも私のように死んだことがあると云うのでもないから、つい丈夫な身に扱われて折々閉口しています。
八月三十日 (消印)〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 コロー筆「樹陰」(一)[#「(一)」は縦中横]、柚木久太筆「八甲田の一角」(二)[#「(二)」は縦中横]の絵はがき)〕
(一)[#「(一)」は縦中横]二十六日附の御本の要件について。一、御注文の本はどれも品切でこれからも心掛けておいて、手に入り次第お送りします。「結核」はお医者様が持って居られるかも知れませんから、お聞きしてみます。フランスのは『昔がたり』が一冊だけありました。先、英訳で読んだ本は十年前に売った本箱に入って居ました。サンドはあるだけお送りしました(六冊)本のないのには実に閉口です。冨山房文庫は殆んど廃刊同様の有様です。手紙は又別に。
(二)[#「(二)」は縦中横]本の話の続き、今朝はこういう字を書く方のペンが可愛い花模様の着物で現われたので、早速電話もかけられましたが、どれもなかったのは残念。岩波文庫に新しくジャムの散文詩と、オースティンの『説きふせられて』スタンダールの『ヴァニナ・ヴァニニ』などが出ているようですから買っておきましょう。こちらでお先へ拝見してという風に行けば誠に好都合なのですが、私の目玉の代用品は今のところどちらもミュウズの申子だから、時々創作的情熱という病気にかかって代用品の方を廃業するので、これもやはり至って焦点がきまりません。多分先へお送りする様なことになるのでしょう。隆治さんへの本願います。
八月三十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 封書)〕
八月三十日
今は、二十九日の夜です。やっと太郎がねて泰子が母さんとお風呂に入って、あたりは静かになり、虫の声が、耳につくようになりました。二十六日と、二十八日とのお手紙二つ枕の下の蒲団の下に敷きおさめて、機会やあると、スエコの飛び交う袂を眺めていましたが、忙しかったり、へばっていたり、さもなければ何となく柳眉の辺が気遣われたりして、それをとらえたのは、只今です。もっとも寿江子の名誉のためにお断りして置かなければなりませんが、機会をあたえるとなれば、全く自ら進んで、提供してくれるのですから、私は大変安心し
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