って面白うございます。
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[自注1](第一信)――前年十二月九日検挙された百合子は、はっきりした理由を示さず、翌四二年三月検事拘留で巣鴨拘置所へ送られた。七月まで調べがないまますぎた。女区は全く通風のない建てかたで猛暑の夏であったため、百合子は体じゅうアセモにつつまれて、二十八日ごろ熱射病となり人事不省に陥った。予後悪し、ということで自宅へ帰された。帰宅後二日ほどして意識が恢復した。眼の水晶体がふくれて、以来完全に視力を恢復していない。
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八月十三日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 小杉放庵筆「金剛山萬瀑洞」(一)[#「(一)」は縦中横]、安井曾太郎筆「十和田湖」(二)[#「(二)」は縦中横]の絵はがき)〕
昨日はお手紙ありがとう。あの雷と雨から、本当に朝夕が凌ぎよくなりました。色々の工夫をして暑さを凌いでいらっしゃる様子がこの頃はよくわかります。こちらはひどかった割に順調な恢復だそうですが、三十四時間程全く意識が無かったことは矢っ張りナカナカな打撃で、目や口や皮膚の神経が平常のようになるのは容易な事ではなさそうです。字は一寸も見えません、口も思わぬ処でひっかかって妙な事になります、こう云う障害は人間の体の植物性神経と云うもの(自分の意志のままにならない神経なのだそうです)の疲労で口のきけないのも言葉の記憶が無いのではなく、発音の筋肉をつかさどる神経の故障だそうです。顔付きは、どうやら私らしくなって来たそうです。今は痩せ始めています。レコード的すんなり工合です。眠ることと、食慾は大丈夫ですから御安心下さい。友ちゃんの父さんや弟さんがどうして暮しているか心配なことでしょう。島田へは今日、明日に帰った事をお知らせするつもりでした。輝ちゃんがお婆さんと虹ヶ浜で遊ぶ姿を考えるとナカナカ愉快です。(一)[#「(一)」は縦中横]
簀子小屋が松の蔭に立っているでしょうか。メリメ全集送ります。出版年鑑は不許でしたが念のため、もう一度お送りしてみます。近いうちに寿江子さんが又お会いして細かい容態をお話します。今日はむし暑い日になりました。家の小さい連中と母さんは一時帰京して、又郡山に行きました。今度は今迄にないひどい事でしたが心臓と肝臓がやっともって命を拾いました。ゆっくり構えて芯から健康を取戻そうと思っています。
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