たいと思っています。あなたに興味はおありにならないかしら。
今年の冬は寒そうで、そのしのぎの仕度が大変です。しかし太郎は十二月の十日の誕生日に、スキーの道具を一揃いもらいます。そして一辷りやるでしょう。父さんはちぢこまってどてらを着ていても、息子は雪の中にころべまた起き上って辷れ、と願う心は自然な健全さを持っているものですね。私もこれには満足です。
十一月二十五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 封書)〕
今日は久し振りで吉報をもたらします。昨日午後一時五十分男の子が生れ、九百五十匁でまことに見事な坊主だそうです。七時半頃起こされてみたら、もう洗面所で支度していて出たのが九時少し前、いいお天気だったし、時刻も程々でおまけにお医者にほめられるような子供を持ったから一同大満足です。特に父親は今度初めて全過程を一緒にいてやって、大変深い感銘を受けたらしくて、赤ん坊と母親への可愛ゆさと健げさで心を動かされたと言っています。こういうことも私が動けないからの反ってよい結果です。私は昨夜から泰子の養母になって横にねますが、頭のなかに不調和があるから、泰子の眠りは不安で幾度も目が覚め、泣きます。その度にこちらも起き、この数年来のああちゃんの辛苦がはっきりわかるようです。ああちゃんが心臓を悪くしているのも全くこの泰子の重さと、やっと眠りかけると、それを中断される不断の疲れだということがわかります。私は泰子に自分の心臓はやりたくないから、だんだん工夫してもっとうまく一緒にねている女中さんに手伝ってもらう方法を講じましょう。今度の赤ん坊は私の病気のために、母さんが注射したりすることになり、思わぬもうけものでした。「やっぱり百合ちゃんの病気で、気をもんだりしたのが悪かったのね」などということではたつ瀬がなかったから。
「正直の頭べに神宿る」ということわざは、現代ではこんな形に出てくるのね。しじみやが正直にざるをかついで働いているお蔭で、大金を拾ったというような昔の正直のむくいよりも、どうもこういう方が理屈にかなっていますね。ですからみんな愉快です。私は一晩で疲れて、今日はもうろうとしているけれどそれでも満足です。ペンさんが昨日は非常召集で病院へまで行ってくれ、生れた子もよく見てきてくれました。「この子は本当に、生れた時から知っているんだから」と大えばりです。この人には一
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