ないわ。
寿江子が昨日電話を寄越してあちらは終日雪だそうです。東京は街の黄色い葉を落して強い雨降りでしたが。佐藤先生のところへ手紙を寄越して、色々気持の病的なところを訴えてきたそうです。体はみたところ肥って、陽に焼けてしっかりしたようだそうだけれど、神経がどうこう、気持がどうこうというわけで、そちらの方が難物です。私も気にしているけれど、お医者様への手紙には「うちのものには絶対に言ってくれるな」と念をおしているそうだし、一寸手の下しようがありません。年齢的にもむずかしいのだろうし、何か感情の上へショックを受けたことがあるのではないか、という気もします。率直なようだが、事実は決してそうでないから、苦悩の原因が誰れにもわからない。そういう状態の時、人はすべてを沈黙のうちに自分の力で整理するか、さもなければあけすけに感情の動機までを話して、それによって解放されるか、二つに一つしかないもので、寿江子のように波紋だけを周囲に訴えて、根源をおしかくしているのは困ると思います。東京のものがあの人ににくみ[#「くみ」に「ママ」の注記]をいだいていると感じているらしいが可哀想ね。にくらしいものならば、たとえば私がこうやって借金暮しの中から、どうして体を直す為の金を出してやるでしょう。私のようにどこにいても、どんな時でも自分の責任に於て、周囲の人の善意を信じて暮すものには、特に病気などした時、寿江子のような心持はどんなに蕭々《しょうしょう》としたものでしょう。治る病気も治りそうにない。この間少し元気をつけるような手紙を書いたら、気に入らなかったらしくておこってきました。普通ならあなたに一度手紙をやっていただきたいのだけれど、何だか今は一寸手がでなくて、折角あなたが書いて下すってもそれがどううつるか、わからないからまたのことにお願い致しましょう。そちらへ行けないのがそろそろ焦立たしくなってきました。庭へまだ楽に出られないのだから、若し乗物に乗ったら必ずひどくなることがわかっていて、やっと辛棒します。誰れも行かなくて全く厭です。そんなことを拘泥していらっしゃらないだろうけれども、私とすれば厭なのよ。
街の並木の黄葉がきれいだそうです。
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[自注4]ウワバミ元気のこと――「ウワバニン」の注射のために百合子は亢奮状態におかれて結果がよくなかった。そこで「ウワバミ」と
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