らどっさりあって、いろいろ芸術上有益なこともかかれています。でもチェホフらしさが溢れていてね、「|わが馬さん《マヤー・ロシャードカ》よ」とかいたりしていますが、ゆうべよみながらおなじ馬ながら、HM《ハイマー》とクニッペルのロシャードカぶりとは何というちがいかとつくづく思いました。それにH・M・Dと頭字だけに表現しているところも、東洋風でしょう。D・LETD・H・Mこんなに重ったのもあります。そして、日本文に直されている文脈は大変欧文に似た感じです。et[#「et」は縦中横]という字もあるところをみると魯迅はフランス語も近かったのでしょうか。親愛が日常のこまかな消息のうちに示されているのも、わかります。月よ花よの佳句もなく、と序文に魯迅がかいていますが、やはりそれ以上の内容と面白さがあります。なかなか大したことも云っています、婦人の文章について。婦人の文章に美辞が多く感歎詞が多いばかりでなく、評論の場合、一々対手の表現を反駁して小毒はある、しかし猛毒はないのが女の文章である、と。なかなかでしょう? 頂門の一針的でしょう? 許さんは文章をいつもみて貰っていて、直して貰っていたのですが、それ
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