た婦人だそうです。ゾラの時代ね。こんな人のことを知ったりして、それらは、婦人の作品で物語る女性史の中へくりこまれます。フランスは女詩人をどっさり持っていたのね、その人たちは前大戦からその後にかけて大抵活動をやめてしまったのですね、サロン的詩人であったというわけでしょう。閑雅に咲いた花というわけでしたろう。生活の花ではなかったのね。そういう時期に、各国の婦人作家がどう暮したかということも考えて見ると面白いわ、ジイドみたいに聖書ばかりよんでいた人もあるのですし。ブルージェが「愛」だの「死」だのという観念ぽい題の故もあって今の日本で大いによまれているのは妙なことです、ドルフュスのときブルージェは大きい虚偽の側に立った恥を知らない男です。
 この頃はレオン・ドウデエの本が訳されます。どうでえと平仮名に書いた洒落のわけでもないのでしょうが。
 范とお書きになっているって。そうだったのね、私は字なんかおちおち見ていなかったものだから。泉子がたよりをよこして、こんなこと書いているのよ。「好ちゃんは私を覚えて居てくれるでしょうか、ねえおばさま。好ちゃんは私の顔や声忘れはしないかしら、ね、おじさま。わた
前へ 次へ
全471ページ中406ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング