の間に所謂文のかける女は皆つまりは馬琴側で、しかしそれでは女にはかけなかったという矛盾。十八世紀にフランスではラファイエット夫人が立派な小説かいているのにね。そして、これは、藤原時代に女が小説をかけたことの、その可能のうちに潜んでいた弱さの結果を語るものとしてあらわれているのですから。
 おやおやもう八枚目ね。では又ね、あした。

 十月五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 十月五日  第四十二信
 きょうはむし暑いこと。セルを着ていて汗ばみます。そちらも? 太郎は急にとうさんとかあさんとにはさまれて、鉄道博物館を見に出かけました。
 お手紙、やっと着。ありがとう。
 あの間違いのこと、そのケタちがいの理由がわかりました。労働年鑑や何かで有職婦人の総数をしらべて、それと間違ったわけでした。有職と云えば広汎で、あの数が出ているのですけれど、勿論働いている女のひとの数はその一部ですからずっとちがいます。有職には待合のおかみでも入るわけですから、度々注意して下すってありがとうございました。私はときどきこういう間違いをやるのね。そしてそれはやはり様々の原因があることで威張れな
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