かかかれていません。このゴーギャンにゴッホがひきつけられ、しかもそれは不安な魅力で、ゴッホが自画像の耳が変だとゴーギャンに云われて、てんかんの発作をおこして自分の耳をきりおとしてしまったことなど、そういう人間の火花は面白いけれど、書かれては居りません。モームの小説では。でもゴーギャンの絵のあの黄色と紫と赤のあの息苦しいような美はよくとらえて、タヒチの美として、ゴーギャンの感覚としてかいて居ります。
 ヘミングウェイをよんで思うのよ。イワノフの「スクタレフスキー教授」が何故にこの作家のような、くっきりとした線の太さ明瞭さで書かれなかったかと。それから「黄金の犢」も。それについては、又ね。余り長くなりますから。

 九月十八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 九月十七日  第三十九信
 もうきょうはこんな日。びっくりしてしまいます。何という恐るべき引越しでしたろう。今夜は、やっとやっと、もうこれで動かないところ迄こぎつけて、風邪ひきで休んでいた国男さんに机の上のスタンドがつくようにして貰って、吻っとしたところです。
 今夜は障子が骨だけなの。明日張れます。そしておしまい。
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