の間がある上に、間どりの関係から、うちで悲しい儀式があるときは、いつもこの十二畳と八畳とがぶっこぬきになって、神官がおじぎしたり何かして、奥は、誰もそこで暮したことのないという部屋です。
 だから今度はね、私が一つコロンブスになるのよ。そこに生活を吹きこもうというわけです。あたり前に着物がちらかったり、お茶があったりする、そういう生きた人間の場所にしようというと、咲枝はあらァうれしいわ、お願ね、ユリちゃんならきっと出来るわと大いに激励してくれました。私はこっちのひろい室へ大きい本棚を立ててね、あの白木のよ。その御利益に守られて大いに活力のある座敷にしようと思って居ります。
 今のようなときこそ本当の落付きがいるということ、実にそう思います。あれよ、あれよと景観に目をとられて、と云っていらっしゃるが、それさえ現実にはまだ積極の方よ。迚も景観に目をとられるというだけの余裕はなくて、あれよ、あれよといううちにわが手わが足が思わぬ力にかつぎあげられ、こづきまわされて、省線の午後五時のとおり、自分の足は浮いたなりに、体は揉みこまれて車内に入ってしまうという位の修羅です。
 年鑑のこと、ありがとう
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