私たちのこんな時期が、計らぬ面でそんな発見を伴って営まれるということは、大なる仕合わせと云ってよいでしょうと思います。そして、一層、一生懸命になるべきところに力を注ぎ、ゆたかに成長することができたらば、ね。私たちの日常のなかに子供たちの声だの、その成長だの、おかみさんのあれこれパタパタだの、そんないろんな響が入っているのはいいわね。「朝の風」はこわい小説よ。忘られないところがあります。ああいう風な感情の集注はこわいと自分であのとき痛感して、「その年」ではああいう風に、ひとの生活へ外の世界へと目をむけたわけでした。この何年間かの生活で、私たちの生活の感情の絃の一本は、あの作品でその最頂点を顫わしているのよ、悪条件的に。あの作品について云って下すったいろいろの点はその理論的把握でした。
 生活の展開というものは何とおどろくべきでしょう。生活全体で展開してゆくのですものね。決して生活のどの一筋だけをとりあげてどうと云ってかわってゆかないものであるから油断がならないわけです。
 今度の文芸同人雑誌の統制で八種だけがのこりました。八十何種かのうち。日本全国では二百何種とかという話ですが、八十何種は東京だけでしょう。文学を勉強してゆく人たちの道というものは近代日本文学史で初めての転換をするわけです。どういう風になるでしょうね。これまでだって、勤めていて、そして傍ら小説をかいていた人がどっさりありました。三十歳前後のひとは殆どみなそうでしたろう。五円十円と出しあって同人雑誌をつくっていたのね。文芸の同人雑誌が、本当に新鮮な文学の土壤ではなくて、文壇の苗畑めいたものであったことは一部の実際ですし、その同人たちが云わば惰力的にくっついていて、そこで枯渇したのも実際です。けれども、そういうところに集っていた表現の欲望は、どこにこれからあらわれるでしょうか。これから文学をやりたい人は、習作時代をどう経てゆくことになるでしょうか。非常に注目されます。
 一ついいことは、実生活と文学とは別なもの式に考えられていたこれまでの伝習が急速に崩れ変ってゆくことでしょう。が、さて、その崩れたあとからどう何が萌え出すでしょうか。私は、そういう端初的な表現の欲望は、文化面へ広汎に散って、あらゆる部面からのルポルタージュとして再生して来るのではないかと思って、興味深甚です。そういう形で旧来の文学は生活の中
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