いるのだから罪がないと思います。あれも河村さんの息子の写真屋がとったのよ。すらりとした気質の子で、あれはいいかもしれません。この子に高校時代の写真で外国人の先生を中心にしてその左の端の方にいらっしゃる写真をそこだけ焼いて貰うことをたのんであります。それには感じが出ています。そういえばこの間は野原で小学一年のときのを見たこと、手紙に書いたでしょうか。
 シャボンを一つお送りしておきます。
 きのう一寸お話の出た綿入れは、大島の羽織、着物、茶じまの下へ重ねて着る分。赤っぽい縞の八反のどてら。めいせんのしまの厚いどてらがかえっていて、全部でしょう? これで。
 それから銘仙の上下おそろいの袷ね。袷は一そろいしかお送りせず、それはかえって来て居ります。毛糸ジャケツ上下もかえって来ていて目下クリーニング屋です。
 さあこれから二階へ行って、パンパンパンパンふとんを叩いてとりこみます。この頃はたのしんで早ねをして居ります。多分そのうちにすっかり好調になりましょう。チェホフは、自分の気持が紙と平らになるという表現で、仕事にうまくはまりこんだ状態を語って居ります。私には何かうまく歯車が合うという感じですが。では火曜日にね。一時ね。

 八月二十二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 八月二十一日  第三十六信
 十六日のお手紙への返事、家については、火曜日に申上げたようにしたいと思います。いろいろとこの数ヵ月自分の気持をこねくっているうちに、段々一つの方向がついて来たようなところもあって、申しあげたように、決心もきまったところがあります。
 極めて現実的に、そして歴史というものをすこし先の方から今日へと見てみると、私の存在というものは、こうやって一つの生活を保ってゆくために、どんな苦心をしたかということにかかっているのではないのですものね。どんなに辛苦したにしろ、云ってみればそれはそれだけのことだわ。その辛苦の上に何を成したかがつまるところ存在を語るので、予備的な条件のためにもし全力がつくされてしまうほどであるならそれは熟考をしなければならないというわけでしょう。
 あなたが条件がかわって来ていることをおっしゃるのもこの点なのでしょうと思います。私はそれをあっちの道、こっちの道から、自分はどういう風に仕事をしどんな仕事をするべきかと考えて見て、その仕事をするための生活は
前へ 次へ
全236ページ中174ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング