。泥田になってしまっているところもありました。全国に大雨だったから相当でしょう、「いやんなっちゃうなア」と見ながら悲しそうな声を出している男あり。この男は盛に商売人の合同のことを話していました。子供づれで北海道から九州へゆくという一家があったり。いつもよく今頃旅行して、崖のくずれたのを見たりいたしますね。

 ※[#ローマ数字4、1−13−24]ああ。巖松堂の六法全書は出版九月頃だそうです、南江堂の本は送るようにうちのひとにたのみました。うちの留守のひとは菅野きみ子と申します。そのお母さんも来てくれています。本がついたら、ハガキでもおやり下さい。よろこぶわ、きっと。かけぶとんお送りいたしました。

 七月十六日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 山口県熊毛郡光町上島田より(封書)〕

 七月十六日午後
 今四時ごろ。鶏の声のきこえる二階でこれを書きはじめます。
 私は十四日に立って、徳山からのハガキ御覧になりましたろう? 十五日の七時前につきました。きのうは達ちゃん歯医者だの挨拶だので大多忙で、夕飯を終ったのは十時すぎました。それから持って行くものをつめたりして、それでも皆が床についたのは十一時半ごろ。
 今度のはね、いろいろの点が前とちがって又あとから広島へ行くということも出来ないかもしれないし、一切がひっそりで組合のひとたちが「柔《やわ》うにバンザイやりましょう」と本当にやわうに[#「やわうに」に傍点]それをやるという式でした。だから平服でお出かけよ。いろんなものを、ひきつれて出かけてはいけないというわけで、私たちは駅までときめ、友ちゃんだけがずっと一緒にゆくということにきめて床につきました。二人にとっては眠るどころではない夜であったわけです。
 けさは皆早おきで、そこへ速達が来て、あれは実にいいお手紙であったし、達ちゃんにとっても自分の感情の一番まともなところへ、まともにふれて来たものであった様子でした。兄さんにこんな手紙もらった、云いつけは必ず守るからよう申して下さいと本気に云って居りました。そして私もあのお手紙拝見したのよ。手紙のことなど強い実感が響いて居ります。達ちゃんもいろいろと前より深い感情と経験とをもっていて、あのお手紙はどんなにかよかったでしょう。お母さんは、今度達治が戻ったら三人で東京へ行かそう、と云っていらして。――そのお気持もわかるでしょう?
 九時四
前へ 次へ
全236ページ中138ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング