かく仕事をすまして、それから夕飯の仕度をしてたべて片づけてお客に会って、お湯を浴びて黒い服装になって、そして十一時ごろ家を出ておじぎをして一時ごろかえりました。この頃はお通夜と云えば、本当に夜どおしかさもなければ十一時限りぐらい。乗物がありません、夜なかにたべさせるものがなかなかない。ですからよ。
 六十四歳でした。結婚前からの結核で、それを実によくもたせて子供も六七人いるし、その子供たちも別状ないし仕事もして、六十歳を越したのですからよく生活したという方です。派手な性格で、文筆的なところもあって、夫妻で句集なんか出したりしました。二十五年記念に、結婚の。私は子供のときから知っていますから。でも昨夜は何だかすこし妙な気がしました。あれはどういうのかしら。何だか余りサバサバ片づきすぎ手まわしよすぎ、要領がよすぎて薄情っぽい空気でした、万端のとりさばきかたが、ね。故人の周囲に情愛がめぐっていないのよ。変に大きい家ってああなるのでしょうか。林町でもはた目にはああだったのでしょうか、もっと間が抜けていたと思うけれど。余りとり乱しすぎない空気も変ね、こっちが心を動しているのが感じられるなんて、変ね。
 うちの若いお客さんがたも家さがしが大変ですが、何しろこれ迄一度も貸家さがしはしたことがないというお人たちですから、さがすということがどんなことかのみこめないらしいわ。じきくたりとしてしまって。マア、うまく二人でやってゆけるようにと希います。旦那さんの方がとても持ちにくいたちだが、おくさんはまだそこがよくわかっていなくて、私はいくらか気の毒よ。全く結婚て不思議ね。お嫁に来るということの不思議さ。ねえ、見合結婚だからこそ結婚出来るということなかなかあるのねえ。音楽なんか分らない人の方がいいと云う条件でしたって。東京の女なんかいやだというのですって。でもこの浩子さんというひとは、貸家さがしを知らないということでは都会人でないかもしれないが、すべて都会風でちっとも田舎めいてなんぞいないわ。いろいろのことが一目で比較される、そういう面での東京女は手に負えないというわけでしょう。浩子さんというひとは正反対に率直なひとよ。小《コ》ていな小市民生活の中で大きくなって、きりつめた暮しにおどろかないのは本当に良妻です。本当にどうにかうまくやってゆけばよいと思います。三吾さんと二人のさし向い生活って
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