者の見解の未展開であったところだけに視点をあつめてものを云っていますから。何か感情的なところもある。文学史としてちゃんと眺めれば、その一つの前へのばされた線はよしんば短くあろうとも本質においてとばせません。
人間にかえるものがたりについて書いていらしたけれど、そればかりでなく、この点に私としては云いたいところがあって、それで書評はどの中へも入れなかったのよ。書評は好意をもってかいていて、それは勿論いいのですが、いろいろごたついたあと、そんなことへの全く私だけの心くばりがあってつとめてよく見たというところが、あとから見ると、文芸評論書評として不満になったわけです。
さあ、もう髪もすっかりかわきました。今夜は早くねるのよ。この間うち私はくたびれて、かえって眠り不足になっていたから。
中公の書き直した部分の校正が出はじめました。年表はまだ。火曜迄には、『私たちの生活』もすっかりあちらにわたせて、次のにかかれる頃でしょう。ではおやすみなさい。
五月十六日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
五月十六日 第二十四信
ね、今ね、家じゅう屋鳴り震動という有様です。おかしいでしょう。けさね、派出婦さんが来たの。今掃除しているのですけれどね、この人は働く音響効果を大変愛好するらしいわ。実に笑えます、だって、ハタキにしろ箒にしろ、その道具が立てられる最大の音を出すのだもの。そして今はガラスを拭いているのよ。ガタガタ云うでしょう、たださえ。その最高のガタガタをやるのだもの。それでも、これで家じゅうさっぱりして、お恭ちゃんが使っていた布団類の洗い張りも出来ていいわ。
今月は半月大ばたばたでした。そして、御無沙汰つづきのようになってしまいました。この前書いたのは八日でしたもの。九日に書いて下すったお手紙ついたのは十二日よ。丁度、光多がなくなったという栄さんの電話で、出かけようとして郵便箱のぞいたら(午後三時ごろ)来ていて、それをフロしきにつつんで出かけて、ちょっと隅で封を切って走りよみいたしました、うちへかえるのが待ちきれなかったので。
久しぶり久しぶり、ねお手紙は。おKちゃんのことは全く悄気《しょげ》てしまった、佐藤さんからきいて。去年の初め来る前とった写真にも空洞は出ているのですって、もう。それだのに、あの兄先生ったら、それを私に見せて、肺門のところのかげをさ
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