です。干[#「干」に「ママ」の注記]いたらすぐねてしまうのよ、きょうは。
 さて、お恭ちゃんも今ごろはさぞムニャムニャ云ってうちでねていることでしょう。
 すこし様子を申上げるとね、月末から咳をしていて、佐藤さんに診て頂いた方がいいなどと云っていたところ、二日の日に(金)貰った映画の切符があって、佐藤さんのおばあちゃんをつれて一緒に行きました。そしてかえりに送って行ったら丁度在宅で咳が変だし顔つきが変というのでとっつらまえていやがるのを見てくれたのだそうです。そして、左にラッセルが相当ある由。
 翌日、いそがしいのにトゥベルクリンをやったりいろいろしてくれて、三日に東村山へ行って、又その次の日は私もついて行って、五日に仙台へ手紙を出したという順でした。ねあせかいたりしていたのに、私にかくしていたりして。今思えば、ちゃんとわかっていて、それで自分では見当をつけていたのね、だから私にいやがられたりしないうちに、きっとうちへ相談でもしてやろうとしていたのでしょう。そういうことにならずわかって実に私たちとしてようございましたね。心持がいいわ、ちゃんとわかって、するだけのことして。ねえ。黙ってかえって夜具なんか乾したぐらいで別の人がかけたらどうするのでしょう、キンが出ているのだそうだから。私は反応が陽でしたから大丈夫ですが。
 日曜以来、すっかりタガをゆるめてしまっていたので、実にいろいろ気をもみ、本当にきょうは吻《ほ》っと、よ。昨夜は、切角いたのだからと寿江子も夕飯に一緒に近所からちょいとした支那料理をとって御馳走をしてやりました。そして、おっしゃっていた半分をもたせてやりました。ちょろりとどこかへおいてのこして行こうとするので、包みの中へ突こんでやりました。かえって御覧、あってよかったと思うのだから、と云って。
 上野へは白田と云って従兄で、これも目下やっているのが送りに来ていて、すまなかったと云っていました。
 さっきお話したようなわけで、何だか兄さん男を下げた気味ね。どうりで、恭子が工合がわるくなったら白田に云ってくれと云っていたのだわ、初めに。いろいろ兄さんとしては可能を知っていたわけですものね。神経系統の方はうちでは大丈夫だったのは見つけものですが、イジワルがいないから、それはよかったのね。気質も明るくなったと云われたそうでした。正月かえったときに。あの子とすれば
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