ふりかえりふりかえり逃げて到頭、それは少年の二つの手につかまります。何と可笑しい栗鼠でしょう、その手の中から逃げようとしないのよ。少年は笑って、いいかい、もう決して離さないよと心持よさそうに叫びます、するともう決してはなさない、とどこからかもう一つの声が答えるの。どこからかしら、少年は栗鼠がいうのかしらと思うの、もう一度ためしに、いいかい、もうはなさないよ、そういうと、どこかで又もうはなさない、というの。それは木魂でした。少年はリスにつかまったのでしょうか、それともリスが少年につかまったのでしょうか、森の木魂は何と答えるでしょう。そういう物語。「季節の思い出」は風景がゆたかで全く飽きません。「仮睡」というの、これもあなたはあやしいわね、そっくり覚えていらっしゃるかどうか、夏の部よ。牧童が泉のほとりへ来かかります、せせらぎながら溢れこぼれる泉にひきつけられて、喉のかわいている牧童はそのゆるやかな丘の斜面に体を伏せ、芳しい草をかぎながら、口をつけて泉をのみます、甘美な泉に満足した牧童は丘のなだらかな線に体をまかせたままいつの間にか眠ってしまいます。いつしか日が沈み、白い月が夕暮の中にさしのぼり、しかし、丘も泉も牧童も夏の生命の横溢の中で一つの影にとけ合って、やはりまだ眠っている。この叙景は非常に典雅で而も健やかで、音楽的です。やさしいメロディーの旋律が插画のように入っていたでしょう? 私のところにこの集があるのにそちらに別なのが在るの、ほんとにおしいことね。あなたは風邪でいくらか御退屈でしょう? ですから、詩の一篇一篇を、そこにひろげてお目にかけたいと思います。では明後日。面白いわ、大きい字は遠いよう、小さい字は近いよう、ね。

 三月四日 (消印)〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(速達 封書)〕

 大変おそくなりました。例の謄写代の内わけ。
 逸見上申書       四通  三・一八
 同 上申        二通 二七・二八
 宮本公判期日変更願其他 二通 一一・九九
 木俣鈴子 上申書    二通
                一四・八五
      公・調    四通
 袴田上申書       二通 三二・一六
             計  八九・四六
 右のうち、木俣上申書二通の中一通。公調四通中二通、計三通分をこちらで支払い。(7.50)

 これでわか
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