四日と、二十八日。(これは丁の翌朝)
[#ここで字下げ終わり]
     読書は六十一頁。
 読書は、長いものかく間だけは、やすみたいのです。私の計画では、それまでによんでしまいたいのですが。そしたらいいことね。これが終れたら、あとすこしウリヤーノフのものつづけてよみます。終れたらという字が、ひとりでにかけて、笑えてしまいました。フーフー工合がおのずから流露している次第で。ああなんとあなたはスパルタの良人でしょう。スパルタ人の母とか妻とか云う表現はあったが、これは私の新造語にしろ、スパルタの良人というものもあるわね。すこしは同感でしょう?
 ところで、十三日は(二月)すこし風変りな誕生日をしとうございます。ついこの間同じ顔で御飯たべて、その世話をやいてへたばったから又同じようにうちでやるのは、くたびれます。それはあなたのお誕生日にいたしましょう。そして私は十二日に鵠沼にいる女友達で小原さんというのを見舞に行ってやって、それのひきつづきで十三日はどこかで過したいと頻りに多賀ちゃんと計画しています。又一昨年の二月十三日をすごした熱川《あたがわ》へ行こうかとも考えます。或は国府津の家へ、とも。多賀ちゃんも「ああ楽しみ」と云っているが。
 国府津、ホラあの式で又フロなしですから(水もないのよ今は)それを考えると渋ります。鵠沼のあずまやがつぶれたのでいやね。さもなければあすこへ一晩泊ったのに。その娘さんは私を先生と手紙へかくひとですから、そこの部屋へは泊れないの。その頃まで大車輪でね、そして二日ほど息ぬきして、そして、又はじめます。私多賀ちゃんとあっちこっち歩くのすきです、寿江子みたいに気が重くないし、ひとを心持の上でひきまわさないから。折角風邪ひかずにいらっしゃるのですから猶々お大切に。もう二日で寒はあけます、余寒が却ってきびしいから、お大切にね。

 二月三日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 二月三日  第十一信
 今朝はこんな大きい字で雪のおよろこびをかきます。本当によい雪よ、よい雪よ、ですね。何と息も体の工合も楽々となりましたろう。余りかっと眩ゆくないのも休まる心持です。
 ゆうべ御飯たべて多賀ちゃんが台所のガラスをあけたら「あら雪じゃ」というの。「ホウ雪?」と出て見たら竹垣の上に柔かく三四分もう積っていて。「いいね、いいね」と云って床に入りました。よくつもったこと。
 只さえじっとしていられない雪なのに、このごろの雪故、速達出しに出かけたら、アスファルトの上はこわいこと。すこし雪があって下駄の歯がすべって。雪道を葉の青々と黄色い花をつけた春の菜種の花をもってかえりながら、動坂の三月だったか二月末か、ひどく雪のつもった夜、私は繁治さんと高円寺の方へゆく用があって、あなたに何かの雑誌を買うことをたのまれ、新宿のところで本屋の店を出た途端、すべってころんだことを思い出しました。そのとき繁治さんは手をかしておこしていいのかわるいのか、というむずむずした表情をして傍に立っていました。そんなことを思い出し思い出し歩いて。雪のある朝は陸橋の上から池袋の方を眺めた景色もなかなか絵画的です。東京には雪のないとき、この陸橋の下を屋蓋に白く雪をのせた黒い貨車がつづいて通るときも、何か遙かなる心を動かされて面白うございます。
 雪や雨はすきです。風は夏の風、でも微風よりつよいと閉口です。
 きょうはこれから『文芸』のつづきをかきます。「真知子」に扱われている世界にふれてかきます。鉄兵の「愛情の問題」にある誤りが「真知子」のなかでも別の形で出て居ります。
 そちらのバラやカーネーションもこんな光線のなかで、やはり新しく眺められましょう。きょうの雪は私にとって二重三重のよろこばしさです。あなたも皮膚のしっとりした快さでしょう? 本当によかったこと。この雪に向って歓迎の窓をあけたのは発送電の親方のみではありません。では又。お大切に、風邪ひかずを願って居ります。

 二月七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 二月七日  第十二信
 お手紙をありがとう。きょうの雪もゆたかだけれども、私の方も珍しくたっぷりです。
 きのうね、小説をかく女のひとが来ていて、そのひとは珍しく来たひとなので話していたら、二月一日づけのお手紙が来ました。多賀ちゃんがだまって例のチャブ台の上においたので、私はチラリとそれを目に入れて、どうしたって手を出さずにはいられやしない、黙って封を切ったら詩の話が書いてあるのですもの。どうして話しの合間によめるでしょう。上の空になって、それでも相手しながら、手紙の上へ手をおいて、話しました。
 多賀ちゃんとの暮しだと、あなたも御一家息災というユーモアをお洩しになるし、こちらで笑う気持も自然ね。面白いものだと感じます。
 蜜
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