を扶《たす》けなければ、ねえ。
多賀ちゃんはたくさんひがみをもっていて、そのトゲをなくしてかえったのは、あのひとの仕合わせよ。すこし利口な女が、やや逆境で、負けん気をもてば、狭い井の中でひがむのはさけ難いことですから。まあ私の親切の理解は様々でも満足されてうれしいと存じます。
夜は十時、ねえ。そういえば一昨夜はかぜになりかかって九時御就床よ。それでうまくまぬがれましたが。早く早くと心がけているのですが。丙が十二時前? では乙は十一時? 私は丙は十二時前後[#「後」に傍点]なのよ。半までは丙でごかんべんとしているのよ。ああああ、あなたをここへもって来て、この表のようにやらせてみてあげとうございます!
長いものは毎日五―七枚という密度でやってゆくのよ、どんなにたのしみでしょう。そして、表現上の丹念さというものをも十分にとりかえします。沈潜して沈潜して仕事したいと思います。
私が表現上の丹念さをもっているのは、一時に幾種もの仕事が出来ないという私の特性と一つになっていることで、いろいろのことから無理してもいろいろの仕ごとをやって来ているには、無理もなくはないのです。長いものは、もうそれとくびっぴきでやりたいわ。ですからきょう迄おくれたのだけれども。それに、今になるとよかったことね。
長いものの間で、非常に作者の内的な世界が、作品の世界とは別の波調で揉まれたりしたら非常にこまったでしょうから。底をついたところがあって、そこにあらわれている芸術上のいろいろのことを自覚して考えられて、そして、そこからの成長として長いものかくのは大変いいわ。本のバカ売れる時期ではなくなりました、が、それでいいと思うの。石川達三はバカになるわけです。あんな屑をかきよごして三四万の金がゴロリゴロリと入れば、相場師よりバカになる道理です。もぐらもちの嬉しい心持ってあるかしら、私は長い小説をかかえてもぐりこんで仕事すること考えると、もぐらが柔い泥へ鼻柱をつっこんだときこんな楽しみかしらと思います。
十二月十七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
十二月十七日 第八十五信
この雨は雪にはならないでしょうね。いかが? 大変おさむいでしょうけれども。
私は昨夜は只一つも火鉢なしというところで座談会をやって、なかなか珍しい経験でした。これからずっとこうだとすれば、人を招くものは大いに心しなければなりません。洋服のひとは御免下さい、とオーバーきるのよ、でも私はそう云ってコートを着るわけにも行かないのですもの。
きのうは愉快そうにしていらして、私は二重にうれしく、火鉢なしでも、もてたところあり。
実にこの暮はいい暮れになりました、本当にいいおくりものいただいて。
文庫本ね、適当なときに、適切なもので、ずっと「文学史」について云われていた諸点、自分でもいろいろと考えていた諸点はっきりして、確信がついて、何とうれしい気持でしょう。「人間に還れ」という文学上の表現が或種の作家にとってはデカダンスからの救いである(これはしかし広汎ね、生産文学から農民文学から知性の文学から生活派文学に亙るのですから。)が、或る作家にとっては逆転になるということの意味が、鮮明に見えます。一本の道の上を一つの曲り角からこっち迄そのまま辿って来るのではなくて、ぐるりとのダイナミックないきさつで質の変ったものとなるのだという、その機微は、何と文芸評論にとって、大切な精髄的なものでしょう。芸術至上主義をも否定出来ないというとき、それはありのままに云えば、やっぱりいつか又自由なあきないが出来るようになりましょうというのと同然であるということ、その評論的質のこと、何と微妙でしょう。芸術至上主義論に対して本能的疑問は「人間に還れ」より一層自然に、私にはあったわけでしたから。
でもうれしいわ。本当にうれしいわ。私の爽快さは、名処法[#「法」に「ママ」の注記]と相俟って、本格のものになった様子です。益※[#二の字点、1−2−22]地味に、ジャーナリスティックな埃に穢されぬ本質で勉強するよろこびを理解します。
きょうの雨のようなものね。雨のいる条件はすべて備っていたところ、というわけでしたから。
きょうはね、午前仕事して、午後からあなたの羽織の紐を買いに出て、夕方かえって、深い深いよろこばしい思いで殆どしんみりして、茶の間でひとりで、買って来たいい色の羽織の紐を結んだりといたりして眺めながら、考えて居りました。よく似合うわ、奇麗だことね、そう思いながら、頭のしんでは極めて遠大雄大な文学の展望を描きながら。あーあ楽しい、と思ったの。こんないい色の羽織の紐、こっち側から一寸はなれて見ていいわ、という景色のないのは残念と思いながら、こんなこまかな女房のよろこびとこんな大きい芸術のうれし
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