の働かせかたも面白いことですね。一般的事務家の普遍的な文化水準には達していて、おいこしているが故に文学上の優抜なエキスパートであるという、そういう文学のエキスパートも決して予想されなくはないのだと思うと、これも亦面白うございますね。気力で追いこしているばかりでなくね、もっともっと複雑にね。歴史の或る時代の姿としては十分にそうであった作家より更に幾倍かの複雑性をおりたたんで。
こんな気持の追求から、島田への自分の心持があなたの言葉で何となしはっとして会得される機会を生じたのは又おもしろいでしょう? ずっとずっと私は文学上、生活上、自分の努力というものを自身どう見ているか、どんな心をそこから養われて来ているかということを考えつめていたら、努力の努力だおれもわかるところがあったりして、いろいろ思っていて、あなたの仰云ったことが極めて純粋な心の要素として語られていることが、自分の心のこととしてぴったりわかったのでした。それもあったもんで、ユリが、自分の気持を合理化ばっかりしているようでは云々と、一昨日おっしゃったとき私は切なかったのよ。でもあとで又考えてね、切なく感じたなんて、やっぱりまだどこかで自分を劬っている根性があるんだナと思って。
あのときについて私は一つの大した疑問に逢着いたしましたが、大人の女のひとってものは、眼に涙が一杯でアブないときでもべそはかかないものなのかしら。可笑しくて、可笑しくて。不思議ねえ。だって、どんな小説だって、彼女は段々赤いふくれた顔になって来て、べそをかいて、涙を目にためたなんてかいてないわ。白いような顔を怨ずるが如くうち傾けて将にこぼれんとする涙をいっぱいに湛えた目で彼を見る、のよ。大変優艷なのよ、変ねえ。全く。私もどうかして、一度はそういう凄い涙の湛えぶりをしておめにかけたいものだと思いました。しかし或はそういうことにもやっぱり歴史性があるのかしら。あるのかもしれないわねえ。怨ずるが如く、という感情の土台がないと、べそになるのかしら。子供はどんな泣きを泣くときにもべそをかきます、何だかおもしろい。ちょいちょい泣くて[#「て」に傍点]を知っている女のひとは、いろんな涙の出しっぷりを修得しているのかもしれないわねえ。オンオン泣いてはて[#「て」に傍点]としての技法の効果をこしますものねえ。もしかしたらあした又十六日の分への御返事かくことになるかもしれません。そうだといいけれど。ではひとまず。ああ、それから、種々な手紙が、どんな姿勢でよまれるか想像したら、大変あったかいような、ホコホコするような気がいたしました。
十月二十五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
十月二十五日 第七十三信
きょうのむしあつさ、いかがでしょう、そしてこんな風! 今朝二十四日朝づけのお手紙ありがとう。
十五日づけのは又現れません。昨日で高山の「現代の心」すっかり原稿わたしました。きょう序文をかいて送ります。河出の『朝の風』、これ、あと『文芸』のをすっかりまとめると一応一段落となり吻っとして先へすすめます。「現代の心」やっぱりいい題ね、なかなかいい題ね。この装幀は松山さんにたのんで、ふっくりしたゆたかないいのを考えて貰います、柔い紙の表紙で。たっぷりした果物なんか面白いのだけれど。ただの図案より、そういう生活の中からのものを描いて欲しいの。
ああそう云えば『朝の風』の内容は、「朝の風」「牡丹」「顔」「小村淡彩」「白い蚊帳」「一本の花」「海流」「小祝の一家」です。相当つまって居りましょう。「海流」七十三枚か、「一本の花」八十何枚か、あと三十枚、四十枚というのですから、そんなに貧弱でもないし、かきあつめというのでもありません。このなかであなたの御存じないのはどれかしら。「牡丹」「顔」「一本の花」はいかが? 初め入れようとして入れないのは「心の河」、これはお話したとおり。それから「高台寺」、これは作者の生活的な稚さが、いやです。「街」もそういうところがあるが、「街」は人間のおかれている歴史への無知識にすぎず、「高台寺」は、ある生活にある女の鈍感さがあらわれていていやです。或る茶屋のおかみに今よめばうまく女主人公があやなされているのにそれを心付いていない鈍さがいやでやめました。「伊太利亜の古陶」もわるい。やはりその小市民風なつべこべを自覚していないで、それにのっている。面白いでしょう? そういう作品を生む生活がつづいて、やがて「一本の花」をかいて、生活への激しい疑問にぶつかっているのです。そしてその冬外国へ行っている。全集の中へ入ると、その過程として面白く、しかもね、そのいやな「高台寺」に、やはり「一本の花」及びそれ以後の動きの芽はあるのです。舞妓とさわいでいる、そんな気分についてゆけなくて、とりちらした室の
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